袋の底には指輪が眠っている

――四男目線の蛇足  イルミネーションという名のただただ地球温暖化に拍車をかけているだけの街中を走る。「いえいえ最近のイルミネーションは物凄くエコなんですよ」? いや絶対何もつけないほうがエコだから。黙ってろ。
 クリスマスのモーメントやらツリーやらを見て「きれー!」とかほざきつつ写真を撮りまくっているバカップル共に心の中で呪詛を吐きながら、しかし自分もなんだかんだで恋人が居る立場なのだと、その事実だけでなんとか走っている。
 どうしてこんな、見るだけで死にそうな空間をおれは一人走っているのかというと。
 目の前に目指していたビルが見えて、上がっていた息とは別にほっとした息が出る。

「っは、すみま、せ」

 閉店ギリギリでの入店だが、店員はにこやかに出迎えてくれた。イブにもお仕事ですか。大変ですねぇ。まあそういうおれもついさっきまでバイトだったんですけどね。

「…は、あの、注文してた松野です……」
「松野さまですね、少々お待ちください」

 完璧な笑顔を貼り付けた彼女はそう言うと店の奥へと静かに入っていった。店内では控えめにクラシックが流れており、カップルであろう二人組がショーケースの中を楽しそうに覗いている。あークソかな。爆発しろ。いや確かにおれも恋人は居ますよ? 居ますけどね、それとこれとは別でしょ。リア充とおれらを一緒にしちゃいけない。
 乱れていた息がなんとか落ち着いてきて、じんわりと滲んでいた汗を拭う。
 体力はあんまり自信はないが、意外と持久力はある方だ。普段は面倒だし動く意味もわからないから自ら進んで動くことはないが、それでも十四松に十分についていける体力と持久力くらいは持っている。持久力だけで言えばおれの方があるかもしれない。いや試さないけどね。面倒だし。

「松野さま、お待たせいたしました」

 ぼんやりとショーケースの中を眺めていると、先ほど奥に引っ込んだ彼女が戻ってきた。シルクの手袋に包まれた手には、頼んでいたものが黒い小さなクッションに鎮座している。

「こちらでお間違いありませんでしょうか?」
「は、い…」
「一度試されますか?」
「いや、サイズは前測ったので合ってるんで、大丈夫です」
「そうですか」

 にこやかに頷いた彼女は、それでは…、と計算機に金額を提示する。当たり前だが注文した時と変わってなくて、今日でやっとその金額にいった封筒をそのまま出す。
 ガマ口に入るくらいのお釣りと商品を受け取って、おれは店を出た。
 背中に彼女の声がかかる。

「恋人さんと幸せなクリスマスを!」

 振り返ると、店頭まで見送りにきていた彼女は深々とお辞儀をしていた。
 慌ててそれに会釈を返し、なんだかむず痒いような変なような感覚になって、ちょっと小走りになってしまう。


 おれがバイトをし始めたのは十月の頭くらいだったと思う。
 トッティが買ってきていた女子ウケのする雑誌(女の子オトす為の勉強用だよ!と言っていたそれを本当につまらなそうに読んでいた)をぱらぱらと暇つぶしにめくっていると、『彼氏から貰ったプレゼントランキング♡』という本当にクソのような企画があったのだ。
 うっわぁ割とえげつねえこと書いてる……、と若干引き気味に読んでいた中で、ちょっと心が動いたのは「ペアリング」というものだった。
 何股もしている女は、男に同じ種類のペアリングを買わせて、自分はその内の一つだけ残してあとは質屋に流す――という怖い文も見えてしまったが、そうか。ペアリングか。
 幸いなことにおれらは六つ子で、今更お揃いというものに感慨深くもないし寧ろ「もういい加減色違いをダースで買ってくるのやめない!?」という抗議の声も上がっている。(主に誰からとは言わないが。)
 逆に言ってしまえば、気軽に受け取ってくれるかもしれないのだ。
 普通のカップルがペアだの色違いだのしていると爆ぜろとしか思わないが、そこは六つ子。お揃いなんて昔から当たり前のことで、色違いのパーカーだったりつなぎだったりを着て歩いていても何のお咎めもない。いい意味でも悪い意味でも、「有名な松野家の六つ子」だからだ。

 うん、いいな。

 おれは一人頷くと、資金を稼ぐためにバイトをすることにした。
 普段のニート思考だと、ここでパチンコや競馬で稼ごうともするだろうが、今回は期限付きで目標金額もある。それならば運に任せるのではなく確実に金が手に入るバイトをすればいい。
 まあ、とは言えたった2ヶ月余りでペアリングの資金が調達できるわけはないのだが、そこはハタ坊の力添えもあっていいバイトを紹介してもらい、イブ当日に目標金額が達成したというわけだ。


 心が浮き足立ったまま、おれはいつもの路地裏に入った。
 え? 普通にそのまま帰れって? いやいや無理でしょ! だってずっと欲しかったもんが手に入ったんだよ!? 今家に帰っても寝れねーわ!!
 通りのイルミネーションの光が入らない奥まで着くと、おれはその場にしゃがみ込んだ。猫は夜行性だが、流石にこんなクソ寒い日にこんな何もない路地裏には居ない。路地裏に一人、だ。

「……買っちゃった…」

 はー、と息を吐くと白い息が出た。鼻も赤くなってしまっているだろう。
 右手に持った、シックなデザインの袋をまじまじと見つめる。この中に、二つ。紫色の石と赤色の石が一つずつ付いたリングが入っている。
 ふと、これをこのまま持ち帰ったら他の松に気付かれて質問攻めにあう未来が見えて慌てて袋から出す。せっかく綺麗に包んでくれたのに、ごめんねお店の人。
 どこかの店のゴミバケツに袋の残骸を突っ込んで証拠を消すと、手元にリングケースが二つだけ残った。そっと持ち上げて、月に照らす。深い紺色をしたなめらかな肌さわりのケース。中にはペアリング。
 そわそわとした気持ちがまた溢れ出してきて、思わず口から笑みが溢れる。

 喜んでくれるかな、おそ松兄さん。
 ていうか、ちゃんとおれと恋人だってこと、理解してんのかな。
 もしかしたら質屋に売って金にしよーぜー!とか、こんなんよりもおにーちゃん酒がよかったなぁ~?とか言われるかな。
 でも、なんだかんだできっと。

「…笑ってくれんだろうな」

 うっわ…、え!? おま…、え、何それ!? ペアリング!? マジ!? っは~~……、え、これいくら? ……は~~!? おっまえよくそんな金貯めれたな!? バイトぉ!? 何それお兄ちゃん聞いてないんですけど!? いやいや「まあまあ」じゃなくってさぁ一松ぅ~…え、じゃあ最近構ってくんなかったのもそのせい? まじで? は~……、……、…ま、でも、俺の為に頑張ってくれたんでしょ?
 あんがとね、一松。

 へへ、と照れたように鼻の下をこすって、喜々として付けてくれるのだろう。

 なんだか叫び出してしまいそうな、暴れたいような、そんな衝撃が身体を襲ってきて、おれは一人悶絶する。
 そろそろ帰ろう。
 バイトも休憩なしで入ってたから、夕飯も食いそびれたし、コンビニでも寄って帰るか。
 ――そうだ、2つ入りのケーキでも買って、おそ松兄さんと一緒にこっそり朝食うのもいいかもしれない。コンビニの袋の奥に指輪を何気なく入れといてさ。うん、いいかも。

 日付は既に変わっていて、もうクリスマスだ。
 街中を歩く人たちも酔っているのか、いろんなところから「メリークリスマース!」というはしゃいだ声が聞こえてくる。
 普段ならそれに心の中で呪詛を唱えていただろう。

 でも。

 今は機嫌がいいから許してやるよ、だなんて考えた自分に笑ってしまって。
 おれはきっと今日は最高のクリスマスになるだろう、という確信とともに、計画を実行する為にゆっくりとコンビニへと向かった。




...16/12/25





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