そしてオレは、手遅れなことを知った。

――お題:「瓶に詰める」「永遠の休息」「規則正しく刻まれた」
――special thanks:青路テツ(@aoji_mt)
――for you!:あばらぼね(@locco2_M)
 別れよう。
 そう言ったのはオレからだった。
 オレのその言葉を聞いた一松は、呆けたように暫くぼーっとこちらを見ていたが、だんだん自分に言われたことに理解が追いついてきたのだろう、顔をどんどんと青白くさせ、そして俯いてしまった。
 寒空の下、人気のない路地裏で猫を愛でている今のオレ達は正しく「デート」中である。
 勿論ここに来ただけがデートなのではなく、今日は朝から二人で出かけて、日曜で人が多いにも関わらずデパートに行ってオレの好きなものが置いてある店に行ったり、映画を見たり、駅前にあるキュートな毛の長い白い猫(猫種を教えてもらったが忘れてしまった)が売りの猫カフェに行ったりと、正しくデートコースと呼べる一日を過ごしていた。
 そしてここは、オレの我が儘で連れてきてもらった路地裏だった。
 この後夕飯に予約も取ってるんだけど、という一松にどうしてもと言い、ここに居る。

「なん、で…」

 やっぱりおれのこと、好きになれなかった?
 俯いた状態で表情は見えないものの、声には悲痛の色が顕著に現れている。
 そう、「別れよう」と言ったものの、別にオレらは本当に付き合っている訳ではなく、”お試し”状態だったのだ。
 今年の頭に、オレへの気持ちを一人部屋で小さく祈るように零していたあの日、良くも悪くもオレはそれを聞いていて、一松に「その気持ちには応えられない」と言ったのだ。あの日も凄く青ざめていたな、おまえ。

「やっぱり気持ち悪かった?」
「いや、気持ち悪くなんかないさ」
「…ここまで付き合ってくれたのは、優しさ?」
「……」
「違うよな、同情だろ」
「……」
「……今までおれ、いろいろ頑張ってきたけど」

 それは何も、おまえの心には響かなかった?
 そう、一松はあの日からオレを本気で振り向かせようと頑張っていた。
 あの日「絶対振り向かせて見せるから、だからどうかこの気持ちを殺させないで。おれを殺さないで。お願いカラ松兄さん」と力なく泣いたおまえと”お試し”で付き合う事によって自己アピールを努力すると言い、次の日から時々あった暴言はなくなり、挨拶は返ってき、普通に話もするようになり、そして気がついた時には週3ではあるがバイトを始めていた。
 兄弟は皆「天変地異だ…」「これ明日槍でも降ってくるんじゃない!?」「一松がバイトォ!?」「サヨナラホームラーン!!」と騒いでいたが、その言葉に答えることもなく黙々とバイトを続けていた。
 そして時々「これあんたに似合うと思って…」とプレゼントを貰い、デートをし、美味いメシを食った。オレと一松は付き合ってはいたが、あくまでも”お試し”だ。恋人のような触れ合いは一切行っていない。手すら、繋いでいない。

「確かにおまえは頑張ってた」
「……」
「バイトも、来月でもう1年だろ? 凄いよな、オレなら絶対に無理だ」
「……」
「……でも、」
「でも、やっぱり恋愛感情は抱けなかった、って?」

 一松と目があう。
 声から泣いているように思っていたがそんなことはなく、悲痛に歪んだ笑みを浮かべていた。瞳が揺れる。

「やっぱり兄弟としてしか見れない、か」
「……」
「うん、だよね。わかってた。あんた優しいし流されやすいからさ、なんかこう上手く行くかな~とは思ってたけど、変に曲げないところあるもんね。こうと決めたら絶対曲げない頑固さ」
「……」
「そんなおまえを、好きになった訳だけど」

 一松に撫でられていた猫が一声鳴いて、するりと闇に消える。
 その背中を見送った一松はおもむろに立ち上がると、路地裏の奥へと足を向けた。

「一松」
「来んな」

 久しぶりの拒絶。
 これまで――付き合いだしてから――拒絶されることなどなかったそれに思わず足が止まる。手を伸ばせば一松の肩を掴むことはできたが、動けなかった。

「ごめん。来ないで。…先に帰って」
「……一松」
「後からちゃんとおれも帰るから。だからさぁ頼むから、最後のお願いだから。もう二度とこんな気持ち悪い感情をおまえに見せないって約束するから。だから、」

 先に、帰って。

 ――その声は、震えていた。
 声だけじゃなく、よく見ると肩も震えている。

「……わかった」
「……」
「…先に、帰るから」
「……」
「風邪引く前に、帰ってこいよ」

 そしてオレは、背中を向け路地裏から出る為足を動かす。
 背後から何かが崩れる音が聞こえたが、振り返られなかった。振り返っては駄目だと、そう思った。







 おまえはオレがおまえに恋愛感情を抱けなかったから別れると言ったんだと言っただろ。実はそうじゃないんだ。言わなかったし言えなかったけど。
 好きになっちゃったんだ、一松のこと。
 でも今”お試し”で付き合ってるだろう? 仮とは言え「恋人」だろう? でも、その今の関係はあくまでも「一松の感情の上に成り立った関係」だ。
 だからオレは、それを無くしたかったんだ。
 このまま仮にオレがおまえの気持ちに応えたとして、おまえはきっと流されてくれただけだと思い込むだろう。確かに発端はおまえだし、流されたのかもしれない。でもな、オレはおまえのこと、本気で好きになっちゃったんだ。意外だろ? オレも自分に驚いてる。
 だから、今の「一松の感情の上で成り立っている関係」にのんびり居座ってるだけじゃ駄目だと思ったんだ。だから、別れを切り出した。
 それでな? 明日、クリスマスだろう? クリスマスに告白って、素敵じゃないか?
 今日は日曜のイブで、カップルはデート日和だっただろ。だから明日、平日のクリスマスに二人きりで、ちゃんと「恋人」になるために、今度はオレから告白する為に、一緒に出かけよう。

 きっとおまえは、信じられないって泣いて怒るんだろうけど。
 オレはちょっとそれが楽しみなんだ。



*



「おっかえり~一松兄さん、朝帰りとかやるじゃん」

 そんな声が聞こえたのは次の日の朝、クリスマスの日だった。
 あの後いくら待っても帰ってこなくて、それでもずっと待っていたが気づいたら朝になってしまった。ううん、こたつで眠ってしまったからか腰が痛い。
 時間は10時を過ぎたところで、一松の服装は昨日のまま変わっていない。目は腫れぼったくあるものの表情は心なしか明るく感じる。

「別にそういうんじゃないって…」
「ええ~ほんと~?」

 胡散臭そうに一松を見るトド松は、毎年恒例のピンクのサンタ服だった。かくいうオレも今日は出掛けるからと言ったのだが青いサンタ服を着せられている。…まあ出掛けるのは夕方からなんだし、別にブラザー達とクルシミマス会をしてからでいいか。

「ていうか何それ?」
「あ?」
「それ。手に持ってるやつ」

 その声に一松の手元を見れば、確かに何かを持っていた。
 …アレは、瓶?

「ああ、うん。ちょっとデカパンにね」
「え~? ほんとなにそれ? 怖いんだけど。何入ってんの中」

 促され、一松は瓶の蓋を開ける。
 中には規則正しく刻まれた大きさのキラキラした何かが入っていた。

「何これ?」
「おれの心臓」

 は?、という声が重なる。一瞬誰の声かわからなかったが、どうやらオレの声とトド松の声が被ったらしい。
 そんなオレらを気にすることもなく、穏やかな――酷く穏やかな表情で瓶を撫でた一松は、まるで歌うように言葉を続けた。

「ちょっと捨てなきゃなんない気持ちがあってさ。デカパンに昨日相談したんだけど、どうやら心臓の奥深くにまでその気持ちが潜り込んでるらしくて。ていうかどうやら心臓の殆どがそれで構成されてたみたいなんだよね。そんで、どうするかって話になって、じゃあ取り出してこの瓶に詰めておけば、心臓としての役割は果たせるからって言われて。それで、これなんだよね」

 キラキラと光る瓶の中身は、確かにいつぞやで見た一松の心臓そのものだった。光に反射しキラキラと輝いているそれは一つ一つがとても鋭利で、素手で触れると怪我をしそうだ。

「んで、まあ成功した訳なんだけど…だから捨てなきゃなんなかった感情ってのがもうわかんないんだよね。そこまでして一体何を捨てたかったのかねおれは」

 ま、とりあえず風呂入ってくるわ。
 瓶にしっかりと蓋をして、大事そうに両手で抱えたまま風呂場に向かった一松を見送って――

「…………カラ松、兄さん」

 トド松の呼ぶ声だけが、後に響いた。




...17/12/25





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