袋の底には指輪が眠っている

――お題:美しい朝/愚か者の夕食  最近一松の帰りが遅い。

 ごろりと、何度読み返したかわからない漫画をぺらりと捲りながらぼんやりと考えた。
 そう、うん。誰って俺の三番目の弟の事だ。
 弟とは言え、六つ子だから実際は上下なんてないようなものだけれども。まあ、こう、アレじゃん? 俺カリスマレジェンドだから? ど~~しても“長男”の風格があると言いますか? やっぱ人間国宝目指してっからな~!

 …ううん、話が逸れた。

 まあ、そう、冒頭に戻るが、三番目の弟の一松の帰りが最近遅いのだ。
 いや確かに俺らもいい歳だし、日付超えてから帰ってくるのも別におかしいことじゃねえし心配だってしていない。…いや、嘘。ちょっと心配。(なんせアイツは闇松だ!)
 最初の頃は俺だって気にしていなかった。でもある日、手元のスマホを弄っていた末弟のトド松がふと顔を上げて言ったのだ。

「最近一松兄さんの帰り遅くない?」

 だってほら、もう11時なのにまだ帰ってきてないよ。銭湯だって最近ずっと一松兄さん居ないから5人で行ってるじゃん。夕飯の時だって最近居ないしさぁ。

 その言葉で、ぼんやりと眺めているだけだったテレビからばっと時間と最近の一松を思い出す。
 朝――…は、居る。一番寝坊してるから起きてくるのは昼手前だから朝っていう朝じゃねーけど。でも、じゃあ、夕方は? 夜は?

「ホントだアイツ最近何やってんの!?」
「いやおそ松兄さん今気付いたの!?」

 僕は結構前から気付いてたけどね、とため息をつくのは、かつて俺の相棒として連れ立って走り回ったチョロ松だ。今日も求人誌の気になるページにペタペタと付箋を貼り付けては満足し眺めている。

「なんかバイト? してるらしいよ」
「「はああああああ!!? バイトぉおおおおお!!?」」
「ちょ、おそ松兄さんとトド松うっせえ」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ俺らにうっせえわボケ黙れ!と怒鳴ったチョロ松は、呆れたように頬杖を付いて「なんか欲しいもんがあるみたいで短期で行ってるらしいよ。そんな中途半端なことするくらいならあいつも正社員目指すとかさぁ、俺みたいにちゃんとハロワ行くとかさぁ、あるじゃん? でもバイトだってさ。まあ僕はそんな妥協はしたくないからね、」となんだかライジングな事を言い出したので俺とトド松は静かに座った。

 ――…一松がバイト?
 ――…欲しいもんがある?

 そこまでして欲しいものってなんだろうか。そもそもあいつは猫のエサくらいにしか金を使おうという意思がないし、目的も無いはずだ。なのにバイト? 欲しいもの? えっ何それ俺知らないんだけど。しかもなんでそれをチョロ松は知っていた?

「ていうかなんでチョロ松兄さんがそんな事知ってんの?」
「いや、普通に本人に聞いたら答えてくれたけど」
「はあ~? まじかよ…」

 俺の思考を読んだかのようにトド松が俺の疑問を質問してくれている。
 トッティ顔で「邪魔してやろうか…」とブツブツ言っていたトド松も、“聞けば教えてくれた”というワードに、“別に隠していない”という事に気付いたのか、もう邪魔をしに行こうという気分は消えてしまったらしい。

「一松兄さん頑張ってんで~」
「えっ、十四松兄さんは知ってたの!?」
「うん」
「なんで教えてくれなかったの!!?」
「聞かれなかったからね!!」

 それだー!、と頭を抱えて絶叫するトド松を、いつもの何を考えているのか読めない顔で揺れているのは十四松だ。ということは、少なくともチョロ松と十四松は知っていたってことか。

「……ええー、何それ俺知らないよぉー!?」
「いやでも隠してなかったし」
「でも聞かれなかったから答えないって何それ!? トッティかよ!」
「ちょっと! ここでボク出さないでよ関係ないでしょ!? いーまーはー、一松兄さん!」
「まあまあ。僕は別にどうでもいいと思うけどね」
「そりゃあチョロ松は知ってたからな!?」
「普通に言ってくれたし」
「そうだろうけど!! そうだろうけど!!!!」

 ぐわぁーーー! その無の表情腹立つーー! とわめき散らすトド松を見ながら、俺もそれに倣って同じようにわめき散らす。
 そうこうしているうちに松代に怒られ寝る時間になって、俺らは大人しく寝ることにした。
 ぱちりと電気が落とされる。

 一松がバイトをしていた。
 何か欲しいものの為だけにわざわざ。
 チョロ松と十四松は知っていた。カラ松は――どうだろう、知らね。

 暗闇を見つめながら、俺は布団の中で考える。周りの奴らはもう既に夢の中に旅立ったらしい。そりゃそうか、明日は魔のクリスマスだ。なんだかんだで今日だってイブだったから今の今まで一松なんか話題に出てこなかったのだ。明日は皆でブラックサンタとして世のカップル連中を粛清していく。
 今日だってブラックサンタの出勤日だったけれど、朝一番に見たテレビの煌きに殺られた俺たちにその力は残っていなかったのだ。――まあ、うん。一松がバイトをしていたことはもういい。でもさぁ、おかしくね?

 なんでチョロ松と十四松は知ってるのに恋人の俺は知らない訳?

 俺はそっと布団を抜け出した。


*


「おかえり」

 びくりと影が震え、影の顔が上がる。夜目が強いコイツならば、この暗闇でも俺の事が見えるだろう。

「おそ松兄さん……」

 声に安堵を滲ませた一松は、静かに玄関の戸を閉める。建付が悪く開けるたびに喧しい音を出すそれは、ゆっくり閉めれば音を立てないという事を俺は今初めて知った。

「起きてたんだ」
「おお。おまえバイトしてんだって? お疲れ様」
「あー、うん。聞いたんだ」

 がさりと一松の右手に握られたレジ袋が音をたてる。きだるげに脱いだ靴をちゃんと揃えながら、「ちょっとね、欲しいもんがあって」と言葉を続けた。

「そそ。それもチョロ松から聞いたんだけどさぁ、何なに? おにーちゃんに言ってみ?」
「いや別に…そんな大したもんじゃないし」

 肩を組もうとする俺をうっとおしそうに払って、一松は居間に入る。
 その後ろ姿に、俺は、声をかける。

「なあ、一松」
「何?」
「俺とおまえって恋人なんだよな」
「ん、……うん」
「うん、うん、だよな、そうだよなー……」
「…どうしたの一松兄さん? なんか変だよ」
「ん? いやいや、別に」
「ふうん……、…あ、ねえ、実は帰りにコンビニで飯買ってきたんだよね。夕食…っていうかもう夜食だけどさ、よかったら一緒に食う? ほらコンビニケーキだけどケーキもあるしさ…、」


「…あー、ごめん、せっかくだけど朝に食うわ! おまえもさー、もういいから明日にしねえ? バイトで何欲しいのか知らねーけど、アレだったら俺だって頑張るしさ! とりあえず寝ようぜ! ……って、あれ? おまえもう寝てんの? ちょ、こんなとこで寝たら風邪引くぞ! …ったくも~、そんなんでちゃんとバイトできてんの? お兄ちゃんはおまえが心配だよいちまちゅ~」

 静かになった一松の頭を撫でる。クリスマスとは言え、張り切りすぎたかもしれない。眠る一松の顔はまだ赤いままだ。これじゃあ世のカップルも馬鹿にできねえよなぁ、と独りごちて、俺も寝ることにした。
 …あっ、二階に上がるのはね、もうちょっと休憩してから! ほらお兄ちゃんハッスルしちゃったから!



*



 ガタガタン!

 急な騒音に意識が覚醒する。時計を確認するとまだ朝の7時で、うっわこんな時間に起きるとかクソかよ…と思いつつ布団を頭まで被り直す。
 しかしふと触れた右側の布団の温度がないことに気づき、大きな音を出したのはあのクソ長男か?と右に視線をやった。そこには頭が一つしかなくて、あれ?と起き上がって確認すると、どうやら既に四男、末弟、長男が起きているらしい。
 寝坊する長男と四男が起きているなら、僕も起きるべきなのかもしれない。世はクリスマスだというのに、なんでこんなに早起きをしなければいけないのか。クソな一日になるだろう。
 はー、やれやれとため息をつきながら布団から出る。
 12月の朝は普段よりもっと寒くて、足から伝わる廊下の冷たさに背筋が震えた。
 とりあえずトイレだ、と階段を下りたところで、廊下でへたり込むトド松を見つけた。

「は…? おい、トド松そんなとこで何やって……、って、は?」

 ぎしぎしと煩い音を立てながら廊下を進みトド松に近づくと、鼻につくアンモニア臭に眉を顰める。

「は!? おまえ何漏らしてんの!? 流石に成人男性が漏らすのはねーわ!!」

 朝だからかあまり声が出ないものの、ドン引きしつつも全力でツッコむ。しかし当のトド松はそんな僕の声が聞こえてないかのようにガタガタ震えるだけで、なんの反応もない。

「…ああ? おまえ一体何見て……」

 トド松の視線の先には居間がある。
 足元に注意しながら移動し、少しだけ開かれた引き戸をそのままスライドさせた。

「おっ、おはよーチョロ松にトド松ぅ」

 そこにはひらひらとこちらに手を振る長男が居て。
 恐らく当時はクリスマスのイメージカラーにぴったりの色だったのだろう色で部屋がコーティングされていて。
 部屋の中心で無邪気に笑った彼は、大事そうに抱えたそれを僕に自慢するように見せつけた。




...16/12/24





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