そこにはうっそりと微笑む誰かが居た。

――末弟視線、居酒屋にて。 「好きやでぇ~」
「えへへほんまでっか一松はん~」
「ほんまやでぇ~」

 うわキッツ…、と言葉を漏らしつつ、何かネタに使えるかもしれないと動画を回した。
 飲み屋赤塚。果たして仲良く全員ニートの六つ子は今日も揃って飲みに来ていた。先程からべろんべろんに酔ってヘラヘラと笑っているのは、兄弟の中で闇松担当の四男、一松である。

「っつーか闇要素全くないじゃん。めっちゃくちゃに酔っちゃってさぁ」
「んん~? んだよトッティ~、おらテメェも飲めコラ」
「あっ ちょっと!」

 残りが少なくなっていたグラスに波波とビールが注がれる。「黄金の命の飲み水やで~」と何が楽しいのかさっきから五男――十四松兄さんと笑っている。一緒になって笑っている十四松も、焼酎とビールのちゃんぽんで焦点が合っていない。(いや焦点合ってないのは最初からだっけ? まあいいか)

「ほら一気、一気」
「ちょっとやめてよ~、ボクだって大分飲んでんだからね!」
「って言いながら飲んでくれるトッティ~! わかってるぅ~!」
「わかってるぅ~!」

 ひゅー!、と一松と十四松は楽しそうだ。
 ぐいと煽ったグラスを机にドンと置き、口を袖で拭う。ういっく、と喉から声が出てしまうのはご愛嬌だろう。

「さっすがトッティ~愛してんで~」
「うえっちょっとやめてよ冗談でも…きっもち悪ぅ」
「あはは! にーさんフラれてやんのー!」
「やばいであんさん…フラれてしもたわ慰めてんかー」
「おーよしよし! 辛かったねえ!!」

 ぐすぐすと泣き真似をする一松に楽しそうに付きやってやる十四松の、この意味のわからなさと言ったら。
 今日も一松兄さんはカラ松兄さんに負ぶわれて帰るんだろうなぁと思いながら、机の上に鎮座しているビール瓶を手に取った。

「おっ、なになにどしたのいちまちゅ~、フラれちゃったの~?」
「そうなんだよおそ松兄さん~…トッティにぃ、フラれちゃったぁ~」

 ケラケラと愉快そうに笑い、十四松に撫でくり回されている一松に絡みだしたのは六つ子の長男であるおそ松だ。彼も大分飲んでいるが意識はまだはっきりしているらしく「まじかぁ~」と爆笑している。

「おーおー、俺はいちまちゅの事だいっすきだからな~!」
「へへ…あざーっす」
「にーさんにーさんおれは!?」
「おー! 十四松の事だって大好きだぞ~!」

 てか俺は弟全員愛してっから!、と声高らかに告げるそれに「ケツ毛燃えるわ!」と叫んでいる彼は既に机に突っ伏して目も開いていない。どうやら反射的にツッコミが発動したらしい。

「あ~でもおれもおそ松兄さんの事好きだし~、チョロ松の事も~好きやで~」
「おっ 何なに一松! おっまえ滅茶苦茶酔ってんね!?」
「にーさんおれは!?」
「大好きやで十四松~」
「一松兄さんそれさっきも言ってたよ」

 すかさずツッコむと、「お~トッティも好きやで~」とへらへらと笑いながら告げてくる。これはほぼ頭寝てんな…、と確信しつつ、動画が無事撮れているかをそっと確認した。…よし、これ明日の朝一松兄さんに見せてやろう。

「フフーン…オレもブラザーの事は皆愛してるぞ…?」
「うっわ出たよカラ松! っておまえそれ麦茶じゃん何やってんの~!」
「フ…違うぞおそ松。これはブランデーだ」
「どう見ても麦茶~~~!!!!」

 ひいひい涙目で爆笑するおそ松の横でキメ顔をする、六つ子の次男のカラ松もまた余り酔っていないようで、顔が赤くはあるものの意識ははっきりしていた。
 と、爆笑していたおそ松が何かに気づいたようにぴたりと動きを止め、そのまま机に頭を伏してうにゃうにゃと寝そうになっている一松に声をかける。

「なあ一松!」
「……んぁ~?」
「おまえさー、俺とー、チョロ松とー、十四松とー、トド松には好きっつったじゃーん?」
「…んん~」
「カラ松には~? ほら言ってやれって~!」

 促され、ゆるゆると視線を上げる一松とカラ松の目線が絡む。これは面白い動画になるかもしれない!、とこっそり構えていたスマホをがっつり出す事にした。どうせ一松兄さんは酔ってるしこっち向いてないし、気づかないだろう!
 暫くぼんやりとカラ松を見つめていた一松は、へらりとこれまた可笑しそうに笑って「そいつには、言ってやんない」と告げた。

「えー!? なんで!? やっぱカラ松だからぁ!?」
「おいおそ松! その理由は意味がわからん!!」
「…ちげーよ……だってぇ~……」

 うにゃうにゃと口を動かし、そこから先の言葉が消える。瞼はほぼ閉じていて、そのまま眠りにつきそうだ。

「ちょっと! 一松兄さん! 起きてよ! だっての先が気になるしそのまま言ってくれた方が動画も面白くなるから! ほら!」
「ひー!! トッティ容赦ねー! つーか撮ってたの!? ずっと!?」
「さっすがトッティ!」
「ありがと十四松兄さん! そうずっと撮ってたの! 明日一松兄さんに見せたら面白いと思って!」

 ほら早く起きて!理由言って!、と急かすボクに便乗するように十四松兄さんが一松兄さんの体を揺する。
 うっすらと目を開けた一松に、この場の全員が(一人は焼酎の瓶抱え込んで寝てるシコ松も居るけど)先の言葉を期待しにやりと笑った。「だって――」


「――そいつ、カラ松じゃねえもん」


 へらりと、カラ松兄さんを指して。
 一松兄さんはそのまま夢の世界へと旅立っていった。

 ――しん、とその場が静まり返る。
 いや、正しくは酒場の喧騒だとか、シコ松の寝息だとか、一松のうにゃうにゃ言う寝言だったりとかが消えた訳でもないうるさい場だ。
 しかし確かに、まるで冷水でもぶっかけられたかのように心が動きを止めた。
 スマホ画面には、寝落ちした一松の姿が写っている。

 ボクは、ゆっくりと。
 ゆっくりと、それを、カラ松兄さんだと思っていたものに向けた。




...16/10/19





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