星の綺麗な夜だった

――2016年に参加した覆面小説企画 星の綺麗な夜だった。
おれは屋根の上で膝を抱えながら、雲ひとつない空を見上げていた。打ち合わせも何もしていないが、多分あいつはここに来るだろう。なんとなくそう確信していた。
ひそひそと下で声がする。おれはそっと顔を下に向けた。二階のおれらの子供部屋(もう子供と称するのはおかしいけど)から微かに嘔吐く声が聞こえる。泣きすぎて喉がおかしくなったのか、引きつったような音だ。これはトド松か?それとも存外泣き虫なカラ松かもしれない。どうして泣いているかなんて理由は見なくても聞かなくてもわかる。だって六つ子だ。テレパシーとか非科学的なものなんて有りはしないけど、やっぱりわかるものはわかる。おれはそっと顔を膝に埋めた。

十四松が死んだ。
それは唐突だった。唐突な事故だった。
病院に運ばれて数時間後、十四松は静かに息を引き取った。心肺蘇生を何度か繰り返されたがそれは実を結ばず、彼は帰らぬ人となった。
十四松が死んだとわかった時の病院の待合室の事は今でもしっかりと覚えている。手術室前で泣きながら祈っていたトド松は逆に無表情になって、そんなトド松の代わりと言ってもおかしくないくらいにチョロ松が泣き叫び、ぼたぼたと大粒の涙を流しながら無言で固まるカラ松に、最初はへらへら笑っていたおそ松もいきなり医者に飛びかかったりして。
そりゃあそうだ。だっておれらは六つ子なのだ。僕がアイツで僕たちが僕。普通の兄弟とは違う。自分の一部がいきなり無くなったのと同じことなのだ。

喪服を着た人たちが次々と家に出入りするのを見ながら――ああアイツ確か高校ん時の同級生だっけな――おれはそこから動かなかった。
2階の部屋の中ではまだボソボソとした声とすすり泣く声が聞こえる。恐らくこれからの事を相談しているんだろう。主にカラ松が喋っている様で、そんなカラ松の提案をおそ松が「ああ」、とか「うん」、とかで返している。こういう時は何故かカラ松が率先するのだ。いつもなら沈黙を貫いている奴なのに。

「一松兄さん」

ふとあいつの声がして、おれはゆっくりと顔を上げる。白いソックスに何故か普段着になっている海パン、そして袖が伸びきったいつもの黄色いパーカー。

「十四松」
「へへ、隣いっすか!」

にぱっと笑うと、おれの返事も聞かずに「隣失礼シャーッス!」と座り込む。おれはそんな十四松に軽く安堵し、聞きたかったことを聞くべく口を開く。

「十四松」
「んあ~?」
「おまえ、なんで死んだんだ?」

おれが見た感じ、別に酷い怪我じゃなかっただろ。手術も成功するって医者言ってたじゃん。
おれの言葉を聞いた十四松はこてりと首を傾げる。

「死んだから死んだよ」
「……」
「死んだから、死んだんだよ」

それ以外に答えが無いかのように繰り返して、十四松はじっとおれを見つめる。そっか、と返しておれは空を見上げた。相変わらずの綺麗な星空だ。

「ごめんな」
「一松が謝る事は何もないよ」
「うん、でも、ごめんな」
「……」
「おれは、…おれはやっぱり、お前には生きていて欲しかったよ」

満天の星空と、悲しみの雨が降る地上。
十四松は何でもないように笑って、「でもほら、僕はあいつで僕たちは僕だから!」といつもの言葉を言う。それがどんな意味を持っているのかは聞くまでもない。おれは少しだけ笑って、そうだねと返すとゆっくりと立ち上がった。

「そろそろ行くか」
「うん」

2階の兄弟を振り返り、1階に居るだろう両親と、喪服に包まれた人々を順番に見ていく。残された人の心情は計り知れないだろう。おそ松も、カラ松も、チョロ松も、トド松も、皆みんな、疲れた顔をしている。
せめて十四松だけでも助かってほしかった――そんな声もひっそりと囁かれている。車を運転していた青年も、どうやら事故を起こした後電柱に突っ込んで即死だったらしい。これでこの事故の生存者はおらず、犠牲者は三人となった。救いようもない事故だ。

ぼくはそっと十四松の手を取った。
そうしてぼくたちは星になった。
星の綺麗な夜だった。

星の綺麗な夜のことだった。




...16/05/31





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