今気づいたの?……っぽいわ~。

――次男目線の四男への違和感の話  違和感を感じたのはいつだっただろうか。

 オレたちは一卵性の六つ子で、身長体重顔全てが同じだ。だから誰かに成り代わろうと思えばなれるし、何度かバイトでそういうことをしたりもした。しかしまあ、性格は全く違うので早々にバレてしまいクビになったのだが。
 そう、オレたちはほぼ全て一緒だが、性格――個性があって、一人ひとり違っている。
 六人の中でよく発言するのは、長男のおそ松、三男のチョロ松、末弟のトド松だ。意味があるのかないのかわからない発言をするのは五男の十四松。そして、六つ子の中で発言しない部類に入るのが、俺こと次男のカラ松と、四男の一松である。
 オレと一松は、気づけば一日喋らないなんてこともザラにあり、あまり進んで会話にも参加しない。問われたり振られたりすれば発言はするし、オレの興味のある話題をしていれば会話に入ったりもする。しかし、基本的におそ松がボケて、チョロ松がツッコみ、十四松とトド松は一緒に遊んで、オレはイケメンの研究に没頭し一松は猫と戯れる――そんな空間では、やはりオレもあまり発言することはなかった。
 一松は一松で、自分を卑下しているところがあり、コミュニケーション能力が皆無に等しい。話しかけられても返事をしなかったり、したと思っても単語だったり、皆が騒いでる中一人だけ無言を貫いていたりする(勿論ノリノリで参加する時はするのだが)。
 ――話が飛んだ。
 ええと、つまり言いたいことは。一松が一日喋らないことなんてそう珍しくもない、という事だ。
 話しかけられても無視、ちらりと目線をやるだけ、そうかと思えば睨んでくる、はたまた首肯で肯定や否定を示したり、無言で居たとしても最低限のコミュニケーションは取れる。だから別に喋らなくても問題はないのだが。

「なあ」
 一松の前に立ち、声をかける。
 オレのこの行動に驚いたのか、今までわいわいと騒いでいた他の兄弟たちがピタリと動きを止め口を塞いだ。居間に奇妙な時間が流れる。
 一松はぼんやりと宙を眺めていた視線をゆっくりとオレに合わせると、なに? とでも言いたげに一度、ゆっくりと瞬きをした。その顔は無に等しく、今まで何度も俺を睨んだ眼光も、怒りを露にする表情も、全て抜け落ちてしまったかのようだ。しかしその瞳には、ゆらりと揺れる感情があり――それを読み解くよりも先に、オレは声を出す。
「おまえ、今なに考えてる?」
 よかったら話してくれないか。
 そう続けると、一松は嫌そうに眉をしかめた。『オレが一松に話しかけた』という衝撃から治ったらしいトド松とおそ松のヒソヒソとした声が聞こえる。
「ねえねえ何あれ!?」
「知らねえよ! どうしたのあいつ!? 遂に殺されることにしたわけ!?」
「ええっ実の弟に!? とんだサイコパスだよ~! やだよボク兄弟から殺人犯と被害者が出るなんてさぁ~!」
「俺もやだよ! てかホント何聞いてんの!?」
「話してくれるとでも思ってんのかねえカラ松兄さんは!? ほんっとイッタイよねえ~~!!」
 痛いのか大丈夫か、と意識がトド松の方に向きそうだったが、なんとか抑えて一松を見据える。じっと見ていると、嫌そうに顰められた眉根がゆっくりと普通に戻っていき元の無気力な表情に戻った。一松の瞳にはゆらりと、再び感情が揺れている。
「話したくないならいい。ただな、おまえ……いつから喋ってない?」
 ぴくり。微かに一松の肩が揺れた。それはほんの些細な揺れで、少し離れているほかの兄弟は気がつかなかっただろう。しかし、オレは別だ。一松の目の前に立っていて、その動作がよく見える。それでなくても演劇部で鍛えた観察眼だ。見逃しはしない。
 オレの声が聞こえたのか、「そういえばそうだねえ~」と間延びした末弟の声が聞こえる。それはこちらの話題に参加するような声の出し方だったので、オレはちらりとそちらに目を向けた。体は膝を抱えたままの四男に向けたままだ。
「いつからだっけ? 一松兄さん喋らなくても一応コミュニケーション取れるし、ってか喋らないのが普通っていうか」
「あと最近昼間猫んとこ行ってたみたいだし、案外俺らと一緒に居る時間少なかったよな」
「あーそれもあるねえ」
「一松兄さん! 猫!? 猫とお喋りしてんの!? おれも混ぜて!!」
「いや別にお喋りしてるわけではないと思うよ十四松兄さん…」
「あー、でもいつからだっけ一松喋ってないの。喋らないのが普通とはいえ、確かに最近声聞いてないなあ」
 三男チョロ松がぱたん、と求人誌を閉じてこちらに向いたところで、オレも一松に目線を向けた。膝を抱え、宙をぼんやりと見つめる一松は、さも興味が無さそうにゆっくりと目を閉じた。面倒くさい。そう暗に伝えているようだ。


「なあ」
「……」
「オレは三日前に気付いた」
「……」
「オレもおまえも、基本的に発言しない部類に入るよな」
「……」
「だから、三日前も気付いたとは言え、『まあそういうこともあるだろう』って何も言わなかったんだ」
「……」
「三日前に気付いたっていうことは、それが異常だって感じたことに気付いたってことだろ」
「……」
「なあ、おまえ、いつから喋ってない?」
 目を閉じたままの彼からは、何の感情も思考も読み取れなかった。それでなくても自分の心を隠すのが上手い一松だ。目を閉じ口を閉じ動きも止めてしまうと、オレの観察眼を持ってしても何もわからない。オレはじっと、一松を見つめた。
 机に頬杖をつくおそ松と、十四松と野球盤で遊んでいたトド松の会話が耳に入る。
 確かにいつからだっけ~? うーん、言われると確かにいつからだっけ~?チョロ松兄さんわかる~? うーん…わからないなぁ…一松が喋らないのは今に始まったことじゃないし…。

「10日前」

 ぽそりと呟かれた言葉にハッとして、声の主に目を向けた。おそ松、チョロ松、トド松も驚いたように彼を見つめる。目を閉じ膝を抱えていた一松も、目を開けゆるりと顔を上げた。
 皆の目線に気付いた彼は、びしりと姿勢を正すとひゅば、と手を挙げる。
「ハイハイいいっすか!? んーと俺が覚えてるのはねー、1・2・3・4…10日前! かな!? おれもさー、カラ松兄さんと同じくらいに気付いたんだよね! んでんで、どのくらい一松兄さんの声聞いてねーのかなって、一生懸命思い出してさー。多分10日前くらいからだと思う訳ですよーハイ!」
 最後の声と共にびしっと決めたのは敬礼だった。視線が定まっていない五男――十四松はへらへらと笑ったままだが、その笑顔に元気はない。恐らく他の兄弟も、その元気の無さに気がついているだろう。
「え…一松兄さん10日前から喋ってないの!?」
「まじで? そうだっけ? まあそう言われると確かにずっと声聞いてない気がするな」
「でもそのくらい喋ってなくても一週間経たないと気付かないって、普段からどんだけ喋ってないかだよね~」
「本当にな。しかも気付いたのはカラ松と十四松だけっていう……俺もおそ松兄さんもトド松も気付いてなかったし……」
「いんやぁお兄ちゃんは気付いてたよぉ~?」
「嘘つけ! おまえさっきから驚いてばっかじゃねえか!」
 ぎゃいぎゃいと騒ぎ出す兄弟は、どうやら一松よりもそちらの騒動に意識が向けられてしまったらしい。オレは一松に向き直り、目線を合わせるようにその場にしゃがみ込んだ。一松は十四松を見つめたままで、顔はオレから背けられている。
「なんで喋らないんだ?」
「……」
「ここんとこほぼ毎日外に出て行くのはなんでだ? 十四松やトド松は猫を構いに行ってるって言ってるけど、それは本当なのか? 喋らないのに関係があるんじゃないか?」
「……」
「……なあ、おまえ、本当に『喋らない』のか? ……もしかして、」

 思わず区切った言葉に、一松はゆっくりとオレの方を向いた。死んだ魚のような瞳に、オレの顔が映る。
 確信はない。確証もない。でも何故か、ふと思いついた『それ』が真実ではないのかと思ってしまった。それを口に出すのが怖い。言ってしまってもいいのだろうか。胸ぐらを掴まれるかもしれない。殴られるかもしれない。
 躊躇するオレの言葉を促すかのように、一松はじっとオレを見つめている。黙り込むオレに怒りを露にしない彼はとても珍しく、騒いでいた他の兄弟たちも今はこちらに意識を向けている。
 そうしてオレは、『それ』を口にした。



「『喋れない』んじゃないか…?」

 そう言えば、一松はうっそりと笑って――そうだよ、と口を動かした。




...16/04/21





inserted by FC2 system