所謂シンパシーってやつ?

――三男目線での色松な話  松野家にはあるルールがある。
 それは六つ子が共存するための最低限のルールであり、使命であり、そして何より当たり前のことであった。
 いろいろなルールの中に、家事分担というものがある。それは食器洗い、掃除、洗濯、ゴミ出しが主で、時々それに買い出しが追加されるだけの、ごくごく一般的な手伝いである。
 そしてそれは一週間ごとに交代される。

*

「「「「「ごちそうさまでした」」」」」

 ぱんっ!、と示し合わせたかのように手を合わせ、リハーサルをしたかのごとく声も合った。
 さすが六つ子というべきなのだろうが、別段いちいちそれに感動の声をあげたりするような事もなかったので――これはもう松野家の常識であるとも言える――すぐさま彼らは思い思いの行動をし出す。
「あー食った食った!」
「ちょ…っ! 食べた後直ぐ寝んなよ!」
「ええ~? 別にいいだろ~?」
 寝癖が付いたボサボサの髪を整えることも、起きてまだ着替えてもいないパジャマから着替えようともせずその場に寝っ転がった長男にツッコミを入れるも、うだうだと管をまくばかりで埒が明かない。
 末っ子もそれに倣ってか、ごろりとうつぶせになったかと思うとスマホをいじり始めた。ほんっと自由人だよねえ!
 ちなみに五男は既におらず、怒涛のように食べ終え自分の食器を下げたかと思えば、嵐のように去って行った。恐らく野球をしに行ったのだろう。
 かちゃかちゃと食器を重ねながら、今週の当番は誰と誰だったっけ、と思考を巡らせる。
 六人、ということで家事分担の当番は一週間二人ずつが担当することになっていた。三週間に一度自分の出番が回ってくる単純計算である。どうして二人なのかというと、一人だとそいつがばっくれたら全てがダメになり、三人だと「誰かがやってくれるだろ」というクズ思考により誰もやらない、ということがあったからだ。お互いに責任が伴う二人が一番丁度いいと決まったのはいつだっただろうか。
 最初はぶーぶー文句を垂れていたこの当番制も、今となっては至極当たり前で反発の声は上がらない。(とは言え長男と末っ子は時々文句を言っている。質が似ているのだこの紅松は。)

 ちらりと壁に貼られた当番表を見てみる。
 割り当てられる二人は毎回バラバラで、人によっては二週間連続で当番ということにもなっているものの、その前後ぶっ続けで三週間休めるため特に問題は起きていない。
 おカチ一十ト、という各自の頭文字だけ書かれたカレンダーという名の当番表には、「カ一」と書かれていた。
(今週はカラ松と一松かー…)
 同じ組み合わせになるまでは15週間という長い時間がある。図にするとわかりやすいのだが――まあ兎に角、同じ二人組になるのは15週間かかるのだ。(決して説明が面倒だったとか、ちょっとわからなかったとか、そういうのではない。)
 一年365日。約52週間。同じ組み合わせになるのは一年で約3.5回。三ヶ月と少しで同じ組み合わせになると考えると、それ程長い時間でもないのかもしれない。
 食器を重ね、当番表をぼーっと見ていたらその食器が運ばれていくのが視界の端に見えた。運んでいるのはカラ松だ。それに続いて、運びきれなかった箸や醤油入れなど細かいものを持って一松が出て行く。
 カラ松。松野家六つ子の内の次男である。
 自分の一つ上の兄である彼は、日頃のウザくイタい言動によってどうしても兄とは思えない。いや、六つ子に兄とか弟とかあんまり関係ないとは思うが。
 カッコよさを追い求めるのは勝手にしてくれていいのだが、基本的に本質は誰よりも泣き虫で弱い奴なのである。だからこそ、カッコよさを追い求めるのかもしれないが。いや勝手にしてくれていいが本当にイタいから正直に言うとやめて欲しい。まあどうでもいいけど。
 手に布巾を持って帰ってきたのは一松で、無言で食卓を拭いていく。
 一松。松野家六つ子の内の四男である。
 自分の一つ下の弟である彼は、心配になるほど自分に卑屈でとてつもなくマイナス思考だった。自分のことをゴミクズと言い、社会のゴミの中のゴミ、燃えないゴミ、生きててもどうしようもないクズ…と卑下する言葉がつらつらと出てくる。
 そんな卑屈な四男は猫が好きでよく猫と一緒にいるのを見た。動物は優しい人にしか懐かない。優しいからこそ、自分を卑下して予防線を張ることで、期待に応えられなかった時の残念感を持たせないようにしているのだろう。
「なに」
 ぼんやりと彼を見ていたからか、机を吹き終わった一松は訝しげにこちらを見やった。手には机に敷くテーブルクロスと、喫煙者の為の灰皿を持っている。いつもの状態に戻すのだろう。
「ああ、いや。ちょっとぼーっとしてて」
「そう」
 さして興味もなさそうにそう言うと、さっさと自分の仕事をこなしていった。
 机をいつもどおりの状態に戻すと、一松は居間から出て行く。俺もそろそろ着替えようと、腰を上げた。




 シャツを着て、緑のパーカーを羽織った俺はまた居間へ戻るため階段を降りる。今日は特に用事もないのでどうしようか…と思案した。
 居間への襖に手をかける前に、急にトイレに行きたくなった俺はそのまま廊下を歩く。
 トイレに入る前に台所の方に意識を向けたが、カチャカチャと食器を洗う音が聞こえるだけだった。
 カラ松と一松は割と無口である。
 本来二人はよく喋る奴だった筈なのだが、自己形成の途中で何がどうなったのか、六人の中であまり喋る方ではなくなった。
 カラ松は多分、「無口な俺ってかっこいい」。一松は多分、「僕みたいなクズが喋ることなんかない」。――あくまで俺の予想なのだが。
 そりゃ話を振られたら喋るし返事もするし、決して喋らないということではないのだが、長男がダラけ巫山戯て、三男がツッコみ、五男がはしゃいで、六男がボケたりツッコんだりする――この一連の流れの中で、次男と四男はほぼ無言を貫くのだった。
 トイレから出て、少し気になった俺は台所へと向かう。相変わらずカチャカチャと食器の音と水道の音が聞こえるだけだ。
 そっと台所の戸を開け、中の様子を伺う。
 カラ松が洗い、その洗った食器を一松が受け取り布巾で拭いて棚に戻していく。二人に言葉はない。かと言って気まずい雰囲気ではなく、それが当たり前であるといった空気だ。
 ほら、よくあるだろう家族なら。無言が苦痛でないっていうアレ。
 勿論俺も別に無言でも気まずいとは思わないが――…いや待て。いつもなんだかんだと五月蝿いおそ松兄さん。五月蝿さの極みな十四松。この二人といる時に無言空間だと、流石に気まずい。いや、気まずいというよりは何が起こったのかと心配になる。トド松と二人だと、お互い本を読んだりスマホを弄ったりしているから無言でも気まずくはないが。
 基本自分から発言しないカラ松、比較的静かな一松。まあ、この二人なら無言でも確かに気まずくはないだろう。なるべくしてなったものだ。
 しかし不思議なのは、いくら作業を前もって分担しているとは言え協力する時にも言葉がないというところだ。
 昔は喋らなくとも伝わったテレパシーのようななにかがあったものの、今はそんなものはない。そりゃ他の兄弟よりかは息が合うし、ああ、今こんなこと考えてんのかなぁと察したりもできるが、やっぱり言葉にしないと伝わらないものは伝わらない。
 普通にしていれば、「タオル取って」や「この食器って何処閉まってたっけ」といった言葉が出てくる筈だ。現に俺が当番になった時は、相手が誰であれ最低でもそういう言葉は出てくるのだ。

――理由もまあ、なんとなく察してはいるんだけど。

 カラ松が手際よく洗い、一松がそれを拭き棚に戻す。食器を洗う順番もわかったもので、棚に戻す動作も無駄がなかった。
 食器を洗い終えたカラ松が、最後は自分の手を洗い、タオルで自身の手を拭う。それに続き、最後の食器を戻し終えた一松も布巾を洗うと同時に自分の手を洗う。一松が洗い終えると、カラ松から無言で差し出されるタオル。無言で受け取る一松。極々当たり前で、自然で、流れるような動作だった。まるで最初から打ち合わせをしていたかのごとく。
 手を拭き終わった一松はそのままタオルをカラ松に渡し、カラ松もそれを受け取る。元の位置へ戻すカラ松を気にすることもなく、冷蔵庫を開けた一松の手には水の入ったペットボトルが握られていた。それを一口飲むと、軽く蓋をしてカラ松に渡す。カラ松はそれを受け取り、自然な動作でごくごくと水を飲んだ。

「――なにやってんの」
 と、俺に気付いた一松が怪訝そうな顔で声を発した。やっとこの空間に言葉が生まれたのだ。
 ああ、いや別になんでもないんだけどさ、と半開きだった戸を全開まで開ける。がらりと古い家特有の音がした。
「全然会話しないんだなって思って」
「あ? あー」
 会話…会話ねえ、食器洗うだけなのに必要?、と返す一松はそれが当然のあるかの如く問う。水をペットボトルの半分くらいまで飲んだカラ松も、きょとんとした顔をこちらに向けるだけで、特に言葉はない。
 他の奴と組んだら喋るだろうと返すと、まあ、話しかけられるからね、と返す一松の言葉に嘘はなかった。

 ――そう、話しかけられたら、話すのだ。
 話しかけるということはつまり、何かわからないことがあったり、できないことがあったり、ただ無駄話がしたかったりということだ。特に食器を洗う時なんて、そのくらいしかないだろう。
 それを全て省くということは。

「んー…ま、何でもないよ。一週間頑張ってね」
「言われなくても」
 そう言って台所から出て行く一松は、そのまま風呂場へとゆっくり歩いて行った。恐らく昨日の夜に回された洗濯物を取りに行く為だろう。8人分の洗濯物は、毎日やらなければいけない程多い。(まだ高校の頃よりはマシにはなったが)
 カラ松は水を冷蔵庫に仕舞うと、それに続こうと足を運ぶ。
「あーカラ松」
「?」
 呼びかけると、素直に足を止めこちらを見やるカラ松に言葉はない。きりりとつり上がった眉は整えられていて、いつものイタイ言動を思い出させた。
「おまえら二人組の時っていつからこうな訳?」
「フッ…この制度が出来た時から、かな…」
 いや何決めポーズしちゃってんの。あんた今パジャマだからね。決まってないからね。
 そうツッコミを入れつつ、最初からこうなのか、と驚いていた。
 あーもう行っていいよ、と促すとカラ松は台所から出て行く。そのまま風呂場に向かい、しばらくすると洗濯カゴを持ったカラ松が二回へと上がっていった。その後をゆっくりと一松が追う。
 いくら同じ二人組が一年で約3.5回、十年で35回になるとは言え、何も言っていないのにあそこまで息がぴったりなのはそれこそ六つ子のテレパシーというところか。いや、先述したが今はそんなものは無いのだ。そしてなにより、
(あの二人組の時が一番、効率良くて無駄がないんだよな…)
 食器片付けは二人、カラ松が食器を洗っている間に一松は机を拭き元に戻す。食器を濯ぐ頃には台所に戻り、それを拭いて棚に戻す。手を洗って、カラ松が水を飲んでいる間に一松は風呂場に行き洗濯物をカゴに入れる。その後来たカラ松がそれを取って二階に行く。今頃二人で干しているところだろう。
 いくら前もって打ち合わせをしていたとしても、上手くいくことはあまりない。今日はおまえが持てよーだの、洗うのおまえな!、だの気分で変えたりするものだからだ。(主にあいつが、だが)
 カラ松のウザい言動は、一松の苛々を煽るようで辛辣な言葉を投げかけたり胸ぐらを掴んだりと、日常で二人が絡むことはあまりない。
 しかしそれが潜んでしまえば、気づけばカラ松と一松は傍にいるのだ。
 まあ詰まるところ――

「仲がよろしいことで」

 本人たちに向かって言えば、一松は絶対嫌そうな顔をするだろうし、カラ松は決めポーズで何も言わないだろう。だから面と向かっては言わないが、松野家三男の俺から言わせてもらうとどうしようもなくそうとしか思えないのだった。




...15/**/**





inserted by FC2 system