花に埋もれた薬屋さん

――レオ視点、とある薬屋との出会い  ニーナ王国。西に海、東に山と囲まれたその王国は、盛んな貿易と豊かな土壌で多くの人々が集まる賑やかな国だ。
 その中心にある王都、アクレリアム。山の幸も海の幸も集まる王都は、貴族も平民も分け隔てなく交流する大都市だ。──まあそれも表向きは、という話で、貴族の大多数は平民を人間とすら思っていないのだが。まあ基本的に自ずと関わるようなことはないので何も問題は起きていないし、自ら平民に関わりにいくような変わった貴族は差別をしないので、その表向きの顔は全面的に間違ってはいない。
 毎週天の日に開催される市は国内外からも人気で、季節の変わり目にある祭りには多くの人が集まる。
 そんな平和なアクレリアムの東門の近くにある、とある薬屋の前に男性が一人。

(ええと……確かここだったような?)

 ゆるりと首を傾け、掲げられている看板を確認する。そこには文字が読めない人にもわかるようにか、瓶の中に錠剤が入っている絵と『薬』という文字が書かれていた。
 一見花屋ではないかという程店先には所狭しと花壇が置かれており、ちらりと見えた裏庭にはこれまた何かの草花が植えられている。
 やっぱり花屋──いや、看板を信じよう。
 そっと暖かな色合いの扉を押せば、扉の上に付けられているベルがカランカランと心地の良い音を鳴らした。

「ごめんくださーい」
「『ごめん』は売ってないわ。お帰りください」

 即座に返ってきたそれに驚いて、声の主を探す。
 店の中は──やはり花屋ではないのだろうか?、と思うくらいにはまたびっしりと草花が活けられており、左右の壁には棚が何段も設けられている。その棚の上にはこれまた隙間なくプランターが並べられていて、壁はほぼ見えていない。地震が起きれば最悪だなと思う程、花瓶が多かった。
 その緑に埋もれるように──あくまでも比喩だ──正面にカウンターがあり、そこに恐らく先程の声の主であろう人がいた。夕焼け色の髪がさらりと揺れ、右耳に付けている雫形のピアスがキラリと光る。

「あ、いやいやさっきのはそういう意味じゃなくて、こう、お邪魔しまーすみたいな意味で……」
「邪魔するなら帰ってくださらないかしら」

 すぱりと再び返事がきて、やはりさっきの声はこの人だったのかと思うと同時に苦笑いを浮かべてしまう。
 恐らく店員である彼女は、手元にあった本から視線を上げることなく対応している。いや、あの、接客する気あります?

「いやー、そのー、薬を買いに来たんだけど……」
「あら、なら最初からそう言ってくださらない?」

 頭をかきながらそう言えば、やっと彼女は顔を上げた。赤金色の瞳がこちらを見据える。うわ、すっごい美人──と思ったら何故か顔を顰められた。

「貴方、酷い顔ね」

 初対面早々に蔑まれた!? 顔顰めるほど不細工!? いや確かにあなたと比べたら殆ど不細工になると思いますけど!!
 ぱたんと閉じた本をカウンターの隅に追いやり、「病状は?」と言葉を続ける。
 カウンター奥の壁は、プランターまみれのこちらとは違い──引き出しまみれだった。左右奥、上から下までびっしりと、30サント程の正方形が並んでいる。左の壁は階段になっており、恐らく住居スペースの二階に繋がっているのだろう。そして奥には裏庭に続いているのだろう扉がついていた。いや、外から見た家の大きさから、別のスペースに繋がっているのだろうか。

「えーと……病状、という程でもないんだけど」
「貴方が服用するもの?」
「そうだね」
「そう。どんな症状かしら」

 カウンター前に置いてある椅子に進められるが、手を挙げて断る。別に大した症状でもないし、薬の準備も直ぐに終わるだろう。

「頭痛がして」
「寝たら治るわね」
「目眩があって」
「寝たら治るわね」
「……身体が怠くて」
「寝たら治るわね」
「……時々ふっと意識が途切れる感じがして」
「寝たら治るわね」
「……気付いたらぼーっとしてる事があるんだけど、なにかいい薬ないかな?」

 漸く症状を言い切れば、彼女はじっと無表情でこちらを見つめており、手元に用意していたであろうメモ帳には何も書かれた形跡はなかった。
 そして改めて口を開く。

「寝たら治るわね」

 どっと疲れる感じがして、息を吐いた。いや、なんとなく何言われるか予想はしていたけれど。

「寝れないから困ってるんだよ……」
「あら、そちらが本当の症状じゃない」
「あ、いや違う。眠れるよ。正しくは寝れる時間がないって感じかな」

 訝しがむ彼女にこちらの事情を語る。とは言っても、要は『仕事が忙しくて眠っている暇などなく、現時点でも5撤目だ』ということくらいなのだが。

「ということで、何かこう……頭痛止めとかあれば嬉しいんだけど。流石に仕事に支障が出てきてね。目眩がなくなるようなものもあれば嬉しい。あと即効性もあれば助かるかな」

 お金ならあるから、とコートのポケットを叩くと、何故か彼女は眉根を寄せた。薬屋を経営している人間は普通、金の為にやっているもんだと思っていたが──彼女は違うのだろうか。
 暫く何かを考えるように視線を宙に彷徨わせ、思いついたのか、カウンター奥の壁にある引き出しに視線を向けた。

「即効性があって頭痛や目眩が治ればいいのね」
「うん」

 そう言うと、カウンター奥の椅子に座っていたであろう彼女は立ち上がると、迷う素振りもなく一つの引き出しを開ける。そこから取り出した薬をカウンターに置いた。
 ……まさかこの数の引き出し一つ一つに何が入っているのか把握しているのだろうか。

「これを服用するのは昼食後。効果は一時間程度で表れるわ。ただ、ちょっと副作用もあるから他人がいる場所で服用するように。副作用自体に危険性はないけど、まあ念のためね」

 そう言いながら用意された薬を見ると、明らかに一回分しかない。
 袋に入れられるそれに困惑して尋ねると、「必要ならまた来るか、他の店を探せばいいわ」とまたすっぱりと返答された。突き放すような物言いに嫌われてしまったのかとも思ったが、思い返せば最初からそうだった。恐らくこれが彼女の素なのだろう。
 代金を払い、礼を言って店を出る。
 とても優秀で評判な薬屋だという噂で来てみたが、接客は素っ気ないわ薬屋に見えないわで、やはりただの噂だったのかと後ろを振り返る。
 そこにはやはり、花屋にしか見えない建物があった。





「レオ、この後の予定だが空いてるよな?」

 昼食後、花屋のような不思議な薬屋から渡された薬を飲みゆっくりしていたところ、確認を取るようにディレクターが問うてきた。しかしそれは予定が空いているかの確認というよりも、空いているという確信のようなものだった。まあ予定は管理されている為、俺のこの後がフリーなのは尋ねなくとも知っているものなのだろう。
 この後は久々の半休……だったが、その望みはほぼ潰えた。俺は内心のため息を笑顔に隠して、「はい、空いてますが何かありますか?」と返す。

「ちょっとファニマの天気を弄ってこい」
「ファニマ……ですか?」

 ファニマとは、王都アクレリアムの東に位置する、農業が盛んな田舎だ。遊便を使っても王都から3日はかかる。休憩なしで行っても丸1日。そんな場所の天気を弄ってこいとなれば、なかなかの面倒さだろう。
 そんな面倒な所、できれば行きたくない──そんな気持ちを抱かえながら相手の言葉を繰り返せば、そんな俺の気持ちを一切顧みないと言うように、ディレクターは頷いた。

「おう。暫く日照り続きで、水不足の懸念があるんだと。ちょっと雨雲引っ張ってきて、適度に雨降らしとけ。そこまでまだ深刻じゃねえみたいだから、2、3日もありゃ充分だろ」
「2、3日……ですか……」

 休みがグングンと潰れていく音がする。最早笑いしか出ない。いや、移動中に寝れるか……酷い揺れだろうから熟睡にはならないものの、多少の睡眠はできる筈だ。移動中に別の仕事が入らなければ。

「おう。ああ、移動中暇だろ? アクレリアムと、その周辺の天気をわかり次第伝書烏を飛ばしてこい。あとそれに付随する天気の原稿もな。朝昼夕の放送に間に合うように時間の二時間前くらいには送ってこいよ」

 ……移動中に別の仕事が入らなければ。
 さて、どうやらまた徹夜の記録を伸ばすことになってしまった。俺は意識が遠くなりそうな中で「わかりました」と返





 ──カランカラン。心地いいベルの音が鳴る。
 二度目の来店になるが、前回来た時と何も変わっていない。まあ前回来たのが二週間前なので、変わらなくとも不思議ではないが。

「こんにちは」
「こんにちは、いらっしゃいませ」

 カウンター前に座る彼女もまた、変わらない。
 花屋にしか見えない薬屋。俺はまた、ここを訪れていた。

「病状は?」
「いや……今日はちょっと確認しに来たんだ」
「確認? お客じゃないのなら帰っていただけるかしら」
「いや、確かに客じゃないかもしれないけど……」
「お帰りください」

 とりつく島もない。
 相変わらずの辛辣っぷりに、思わずため息をついた。

「二週間前に貰った薬についてなんだけど」
「二週間前……」

 そう言うと、彼女はようやく手元の本から顔を上げ、俺を見た。そこでやっと、俺が何を確認しに来たのかわかったらしく「あぁ、あの時の死相の男」と呟く。

「死相……」
「渡した薬が何か? 貴方を見るに、良くなったと思うけど?」

 目元の隈もなくなったし、顔色も良くなったじゃない、と言う彼女は想像よりもしっかりと客を観察していたらしい。人に興味がなさそうだったから、てっきり忘れていると思っていたのだが。
 確かに俺は、目眩や頭痛、その他諸々の症状はなくなった。その代わり、若干の節々の痛みとちょっとした面倒な案件ができてしまったのだが。

「……あれ、睡眠薬、だった……よね?」
「そうよ」

 確信を持ちつつ一応の確認を取れば、それはあっさりと肯定された。
 そう、俺は意識が遠くなりそうな中で返事をした……と思ったのだが、本当に意識が遠くなって倒れたのだ。返事をしたかどうかは知らない。
 気付けば俺は久し振りに見る自宅の布団の中におり、少し埃を被った机の上には『暫くおまえに休暇をやる。ゆっくり休め。起きたら一応連絡だけくれ』という一枚のメモがあった。
 ディレクターの目の前で急に倒れた俺はどうやら眠ってしまったらしく、どんなに声をかけても揺さぶっても起きない。あわや病院に運ぶか──という時に、ディレクターはとある袋をみつける。
 薬が入っていた、袋に書いてある薬屋の住所と伝書烏の指針を。
 ディレクターは薬屋に連絡をとると、これは薬のせいでもあり、過度な労働による疲労のせいでもあるという説明を受けた。5徹目であるらしいと言われ、そこまで追い詰めていたのかと反省したディレクターは、泥のように眠る俺を自宅に届けたあと、上に俺の休暇申請をして休暇をぶんどったらしい。
 俺は今までの徹夜分を取り返すようにコンコンと眠り続け──そして今現在、俺はこうしてここに居る。

「なんで睡眠薬なんか……普通頭痛止めとか、こう、痛み止め渡すだろ……?」
「あら、私言ったわよね」

 寝たら治るわねって。
 その、『何か問題でも?』と言うような言葉に、がっくりと肩から力が抜けた。彼女にとっては、それが一番の薬だったのだろう。
 確かに目眩も頭痛も治った。即効性もあって、俺の要望は全て叶えられている。そして確かに、副作用も説明されていたようにあった。寝過ぎによる節々の痛みと、俺が居ないことによる仕事の穴空けだ。俺が想像もしていなかった副作用に、また別の頭痛がしてくる。

「まさかこんな副作用とは……」
「あら、これで暫くは無茶な仕事予定は入られないのでは? 貴方の上司の方、とても後悔していたわよ」

 ディレクターは確かに無茶な仕事を振ってくるが、彼も彼で仕事まみれの毎日である。恐らく放送の仕事に限って言えば、彼の方が俺より仕事をしているだろう。ただ、俺はそれに加えてちょっと声にしてはならない裏の仕事もしているので、トータル的には俺の方が仕事まみれな毎日だ。
 ディレクターはその裏を知らないから、きっと『俺のせいでレオの野郎が……』と思ってることだろう。酷く申し訳ない気持ちでいっぱいだ。今後定期的にちゃんと休暇をもらえるらしく、酷く申し訳ない。
 あと同僚に今回の急な休暇にキレられた。次の飲み会では奢らないといけないらしい。酷く面倒だ。なんでだよと思わなくもない。

「はあ……」
「確認は以上かしら? お帰りはあちらよ」

 すい、と右手を上げ俺の後ろにある扉を指し示す彼女は、間違った処方をしてしまったとか、そういう悪感情は一切抱いていないのだろう。
 確かに……確かに治ったけど……なんだか騙された気分だ。ポーカーフェイスが得意にも関わらず、最早それは機能していない。むしろ彼女の方がポーカーフェイスだ。ほぼ無表情と言ってもいい。

「いや……まあいろいろと思うことはあるけど、一応治ったし感謝するよ。ありがとう」
「そう。お帰りください」
「……いやあの帰るけど……なんでそんなに帰らせたいの……?」
「客じゃないからよ。お帰りください」

 ……これ、客商売上がったりじゃないか?
 まあ、確かに用事は終わったので帰ることにする。きっともう、ここに訪れる事はないだろう。
 カランカランと響く音が、何故か俺を馬鹿にしたように聞こえた。





「……こんにちは、えーっと、薬をください」
「睡眠薬でいいわね」




...19/04/05





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