第一章 まずは自己紹介から

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 ※虫が苦手な方少々注意  年が明け、暖かくなってきた1月3週1日。
 あれからいろいろあった──と、その前に改めてこの世界の月日について言っておくか。もう大分この世界にも慣れてきたので、『えっ!? この世界じゃこれはこうなの!?』と思わなくなってきた。いや、流石にまだ驚くことは多いけど。

 この世界の一ヶ月が10週の50日あるというのは言ったし、年間400日──つまり、8月までだということは計算すればわかると思うんだけど、時間も“私”の常識とは違っている。一日24時間ではなく、22時間なのだ。
 時計というものがないので、時間は使用人や伯父さん、伯母さんに聞くしかなかったが、聞いていると22時間しかなくね? と気付いたのだ。
 そうすると、トータル的にはあまり地球と差はないのかもしれない。えーと、22かける400……8800時間……、24かける365……いや無理流石に紙ください。
 …………ええと、8760時間? かな? ってことは40時間分この世界の方が多いのか。へえ、なんかこう考えると面白いな。それに四季もあるみたいだし、日本と近いよね。
 この世界換算ふた月ずつで季節が別れていて、1月2月が春、3月4月が夏……みたいに、まあ割とわかりやすい。

 さて、『あれからいろいろあった』の『いろいろ』を順に簡潔に言っていこう。

 まず、伯父さんから話を終えた私はそのまま祖母にアポイントを取るべく筆をとった。便利なボールペンやシャーペンなんかはないらしく、羽根つけペン一択だ。
 最初は『羽根ペンとかかっこい〜!』とテンションが上がっていたが、インクの量はブレるわ書き直し不可だわでシャーペンが恋しくなった。シャーペンなんて贅沢言わないから、せめて鉛筆ください。
 とまあ、タリアさんに監修してもらいながらなんとか書き上げた手紙は──なんとそのまま突っ返された。
 は? と思うだろう。私も思った。
 どうやらアポをとる手紙としては不合格だったらしく、『もう一度正式な文書で送ってきなさい(意訳)』という嫌味なメモとともに戻されたのだ。
 いや私まだ4歳児だから! 4歳児ということを言い訳にしちゃ駄目だってわかってるし、私は純粋な4歳児じゃないから別にいいけど! でも普通4歳児に駄目出しします!?
 と、まあ何度も(その後も駄目出しが続いた)手紙の書き直しを要求されたのだった。師匠に続くドSか? いや、ただの嫌がらせだなこれ。

 そして、まあこれは何となく予兆というか、若干の自覚はあったのだが──聞き耳をたてようとしなくとも、声が聞こえるようになった。
 聞き耳をたてなくとも、ふっとした時に聞こえるなとは思っていたのだ。しかも、聞きたい情報だけ取捨選択して自動的に聞こえてくる。なんか人間辞めた感が凄いんだけど……どうした? 我ながら引く。
 とりあえず、まあ仮に『聞き耳スキル』として、これが『地獄耳スキル』に進化したと言っていいだろう。
 これも正直気付いた時は『やっぱり私人間じゃない……?』と割と悩んだのだが、一晩寝て起きて、まあ便利だからいっか! という結論に達したので気にしないことにした。あまり悩まないところが私の美点だ。能天気とも言う。
 とりあえず、危険な音や声があればリアルタイムで聞こえるように設定? しておいて、有益な情報や噂話は夜にまとめて聴けるようにした。そう、なんとこの地獄耳、録音機能があるのだ。いや〜便利便利。
 どのくらいの距離で聞こえるかはわからないが、家全体の声は聞こえているみたいなので結構凄いのではないだろうか。いつかどのくらいまで聞こえるか試したいものだ。

 そしてその地獄耳のお陰か、師匠の動きがわかるようになった。要するに、動く時の僅かな衣擦れが聞こえるので、次の行動がわかるのだ。
 あと目も良くなった気がする。師匠の素早い動きをなんとか捉えようと必死になって見ていたら、少しずつ見えてくるようになった。勿論耳のおかげもあるだろうし、ただの気のせいかもしれないけど。でもなんかなー、ゆっくり見える時があるんだよなー。まあいいか。

 とりあえずこのくらいかな。これからは今からの予定を言っていこう。

 祖母へのアポイントが取れなくてキレそうになっていた8月。年末前にやっと合格が出て、年明けに祖母の住む家へと向かうことになった。
 あんまりにも突き返されるから最後の方は意地になっていたと思う。返ってきた手紙を笑顔で握りしめていたら、師匠が気を使って手合わせしてくれたくらいだ。イライラした時に身体動かすとすっきりするよね。
 もちろん、年が明けたとはいえまだ私は4歳。神の子なので人目につかないように移動しなければいけない。なので、タリアさんを着飾らせて“どこかのご令嬢がガル・ヴィオクの元領主にご挨拶に伺っているご一行”ということにしている。
 いやー、誰が貴族役になるかでちょっと揉めたけど、タリアさん超かわいい。似合ってる。本当にどこかのご令嬢みたいだ。
 ちなみに、タリアさんを着飾ると聞いた伯母さんが張り切ってしまい──まあ、うん。何があったのかはご想像にお任せします。女の子のお着換えってとっても時間かかるよね。
 カタカタと微弱な揺れに揺られながら、私は祖母の家へと向かう。
 この世界にも馬車のようなものはあるようで、魔力を使わずとも移動ができるらしい。というか、どうやら魔力のない人間も普通にいるらしく、自分もそれならどうしようと思ってしまった。
 魔力を使った移動手段もあるが、基本は魔力の使わない原始的な移動が一般的らしく、別にこの移動はおかしくないらしい。むしろ、危篤や異常事態でない限りは普通の移動だ。

 というか前世の知識で『馬車のようなもの』と言ったが、全く似ても似つかない。
 今まで家の敷地内から出ることはなかったし、そういう移動手段を見ることもなかったから何の疑問も抱いていなかったが──はじめて“馬車”を見たときは驚いて大声をあげるところだった。

──凄くでかい多足虫の上に家みたいなのが乗っかってる。

 多足虫……なんだろう、ムカデとか、海にいるフナムシみたいな……あのひっくり返したら足が気持ち悪いくらいあるあの虫……に似た生き物が、大人しく御者と小さい家みたいなのを乗せてそこに居た。どうやらこれがこの世界の“馬車”らしく、周囲を見回しても何の反応もない。
 その虫は横と縦の大きさだけで言えば小型トラックほどあり、高さは私の膝より少し上くらい。要はとても平べったいのだ。背中は何でできているのか不明だが、何か鎧のようなしっかりした皮膚が、ダンゴムシのように綺麗に並んでいる。緊急時になると丸まるのかもしれない。
 別に虫が苦手ではないのだが、こんなに大きな虫をみたことがなかったためドン引きだ。そんな私を見て、タリアさんは「やっぱり驚きました?」と笑った。

「私も初めて虫家を見たときは驚いてしまいました。でもこの子たちはとても大人しくて優しいんですよ」
「優しい……んですか!?」

 虫なのに!?

「ええ。この子は一番大きいサイズですけれど、通常は……ほら、あの大きさが一般的です。普通でしたら、あの大きさの虫の上に荷物と御者だけ乗せたり、車を引かせて大人数での移動に使ったりします」

 すい、と動いた視線を追いかけると、一人用サイズであろう虫がいた。その虫は“虫家”と呼ばれるやつと種類が違うらしく、大きさもそこまで大きくはない。平べったいのは同じだが、縦横のサイズだけで言えば大型バイクくらいの長細い虫だった。その上に、ずれないように椅子が固定されていて、後ろには荷物が入るように籠がとりつけられている。
 確かに図鑑で見たことはあったが、名前と見た目しか載っていないものだったため用途はわからなかった。あとサイズも。ということは、前世と似た動物でも全然違う生き物が沢山いるかもしれない。

 タリアさんはそのまま、『どこかのご令嬢』ということで虫家に入ってもらった。
 どうやらこの虫、揺れは少ないし移動は早いしで移動中に寝ることもできる。しかも飯はそこらへんに落ちている小石みたいで、懐にも優しい。いや、詳しく聞けば普通の小石ではいけないらしいのだが、それでも便利に変わりない。凄い……いい奴じゃん虫……。

 一番大きい虫家にはタリアさんと、タリアさん付きの使用人としてタリアさんの同僚が。その後ろに一回り小さい虫家には私が居る。その周りを固めるように一人用の虫が居て、総勢13名の一行だ。
 御者含め5人守るために8人は居すぎじゃないかと思ったが、どうやら普通らしい。むしろちょっと少ないんだとか。

 そんなこんなで、今私は祖母の家へと向かっている。
 カモフラージュのためこじんまりした屋根の下に一人でいるが、これがなかなか快適である。
 窓にかかったカーテンを開ければ護衛の人と目が合ってしまうのだが、開けなければ一人の空間だ。ちょっとした秘密基地っぽくてわくわくする。あと仕方ないことだけど、一応身分も高いっぽいから一人の時間もほぼないからね。

 ふいーっと後ろへと寝転がる。
 本日の服装は男の子だ。祖母に会いに行くのは私だが、隠れている身でもあるため仰々しい服装はできない。かと言って、軽装でも失礼にあたる。
 祖母もこちらの状況をわかっているだろうし、着飾れない女の子よりかは、部分部分でいいものを使ってある服の男の子のほうが適切だと判断したのだ。それに動きやすいしね。

 ふふーんと鼻歌を歌いながら寝転んでいると、急に外が騒がしくなった。ざわざわと外が蠢くのを耳が拾う。

「盗賊だーーっ!!!」

 聞こえたその声に、私は──がばりと身を起こし、扉を開けた。

「っれ……! な、にをやっているのですか! 早く中にお戻りください!」

 護衛の一人が声をあげる。
 恐らく私の名前を呼ぼうとして、それが『紫の分家第一位の一子』を示す名前であること──ついては、『名前のついていない神の子』であると宣言するものであると気付いたのだろう、頭文字だけで息を止めたかと思えば、改めて言葉を続けた。
 彼は確か、この一行の護衛隊長だ。まだ若いが、腕は確かだと言っていた記憶がある。
 私はさっと視線を動かし、盗賊を見た。
 敵は5人。数だけで言うとこちらが勝っているが、守りながらの動きになってしまうこちらよりも、土地勘のある向こうの方が有利だろう。迷いなく振られる剣の動きで、相当の手練なのが伺える。
 虫家は二匹とも停止しており、前のタリアさんたちが乗る家の戸はまだ開けられていない。壊された風にも見えないので、まだ二人は無事と言っていいだろう。
 私は身を翻し、護身用である短剣を手に取った。短剣とはいえ、剣の部位の長さが60センチほどある木立だ。大人なら片手で振り回せる剣だろうが、私は基本両手だ。割と自由自在に動かせるようになったものの、まだまだ修行中の身である。

 外に出ると、そこは戦場だった。
 ──……いや、既にもう終わっていた。

 私たちを守ってくれていた護衛たちは地面に付したままピクリとも動かない。しかし、盗賊たちも倒れていた。流れた血が地面を黒く染め上げる。
 虫は怯えているのか、御者がいなくともその場を動かなかった。御者の二人は道端で伏しているようだ。その背中に血が見え、さっと目を逸らす。

 血を見た時、頭の中が真っ白になった。
 いくら稽古をつけていたとは言え、私は本当に“戦う”ということがどういうことなのかわかっていなかったのだ。
 戦えば、血が流れる。人が死ぬ。
 頭ではわかっていたはずなのに、それを理解しきれていなかった。どうしても、戦争というものから程遠い世界で生きていた“私”にとって、それは『ネットの向こうの世界の話』だったのだ。

──正直、終わってくれていてよかった。

 きっと私が助太刀しても、足でまといにしかならなかっただろう。稽古で使っていた潰した刃でない真剣で、本当に血が流れれば私は固まっていただろうから。

 その静かな光景をぼんやりと眺めていると、ざくりと誰かが地を踏みしめる音がした。
 その方向に目をやる。
 頭を布で覆い隠し、その顔は見えないが──きっと、盗賊の生き残りだろう。静かに佇むその姿からは一切の隙を感じない。

「──覚悟はいいか?」

 くぐもった声が聞こえた。彼はすらりと腰につけていた剣を抜き、私に近付いてくる。少しだけ、笑ってしまった。

「……そう、だね。やっぱり少し、怖いけど」

 私はそう言って、剣を捨てた。
 カランと場違いに綺麗な音が響く。彼はそれを気にした素振りも見せず、ゆっくりと私に近付いてきた。

「安心しろ、あまり痛みは感じさせない」
「それは助かるよ」

 肩を竦め、首を傾げる。少しでも冗談っぽく笑えていれればいい。
 ぴたりと、私の目の前で彼は止まった。右手には依然剣が握られたままだ。これでもしも逃げ出そうとしたものなら、後ろからざっくり殺られるだろう。

「何か言い残したことはあるか?」

 どうやらまだお喋りに付き合ってくれるようだ。
 私は少し考えて、ちらりと大きな虫家を見る。戸は固く閉じられており、沈黙を保っていた。

「そう、だね……」

 くるりと場を見回す。
 付した盗賊を見るのは嫌だったが、短い時間ながらも世話になった護衛たち一人一人を見つめた。そして、目を瞑る。

 伯父さん、伯母さん、ラグーンさん、ガヴァル、ガヴィー。

 使用人一人一人の顔を思い出し、脳裏に彼らの姿を焼き付けてから、ゆっくりと目を開けた。

「……本当に、ありがとうございました、かな」

 そう言って、私は笑う。
 もうここまでだけど、この人生もなかなか悪くなかった。
 両親は亡くなってしまったけど、私の周りは愛で満ちていた。私は本当に幸せ者だ。

「……じゃあな」



 そして。
 花が咲き誇る暖かなある日。

 『レン・ヴィオク』の唯一の生き残りである神の子──レヴィーレは、その存在を公表される前に、その短い生を終えた。




...19/06/11





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