第一章 まずは自己紹介から

08  聞き耳をたてて得た情報は、そのまま自分の糧にするだけで無闇矢鱈に広めない。
 うん、広めないよ? 大丈夫大丈夫。一人にしか話さないから広めてないしいいよね? ある意味個人情報だけど、国民のほぼ全員が知ってるみたいだし、いいよね? 閉鎖空間なこの家で知らないのは双子と私くらいだけど、その知らないはずの私が知ってたとしてもなんら問題ないよね? ってことで。

「ここらで一つ、情報の共有と認識の擦り合わせをした方がいいと思うのです」
「…………………………」

 私4歳。いつもなら庭散歩のあと時々休憩を挟みつつその日の『教養』をし、風呂に入ってベッドに潜り、本を少し読み進めてから寝るというルーチンだ。
 だが、今日は庭散歩の後アポイントメントを取って、お風呂上がりにその人のところに突撃した。私が座るソファの前には、ホットミルクが置かれている(勿論飲めないのだが、こういうのも勉強の内なので形式として出されるのだ)。

「ええと、何の情報と認識なのかな?」
「祖母への対策です」
「!」

 私がそう言ったことが想定外だったのか、彼は──ラハト伯父さんは、その優しいタレ目を見開いた。少し幼く見えるその表情は、4児の父親だとは到底思えない。

「近々また、祖母はこちらにやってくるでしょう。その時私が祖母の対応をしますので、ガヴァルとガヴィーは絶対に外に出さないでほしいのです」
「な……、そんな……」
「あの二人を守るために、私を使ってください」

 湾曲的な表現はいらない。直接ハッキリ言わないと、私のこの決意は届かないだろう。
 驚愕を顔につけたまま、伯父は固まっている。こうしてわかりやすく感情を見せてくれるのも伯父の優しさであり、私の話をちゃんと受け止めてくれているという誠実さが現れている。4歳だと馬鹿にせず、ちゃんと一人の“人間”として接してくれている伯父を、私は尊敬していた。

「使う、だなんて……。そんな言い方駄目だよ。それに私は君を守ると言ったじゃないか」
「でも既に私は存在を知られてしまっています。ガヴァルとガヴィーはそうではないのではないですか?」
「…………」

 この前の祖母の話からすれば、何となく『ガル・ヴィオクの“神の子”がいる』のは察していたようだが、それが双子だとか、4歳であるとかいう情報はもっていないようだった。
 もし私が会うのを拒否れば、その子供を捜し出す──そう遠回しに脅しているように思ったし、恐らくそう言ったのだろう。

「私は、少なくとも二人より現状を理解しています。ここで私ではなく、あの二人がターゲットになってしまえば……あの二人は、祖母の駒になってしまう。違いますか?」
「…………」

 苦虫を噛み潰したように顔を歪めた伯父さんは、項垂れてしまった。
 現当主とは言え、前当主の──正しくは祖母ではなく祖父だろうが──『ガル・ヴィオク家の為の政略』を跳ね除けることは難しいだろう。
 伯父は優しい。
 しかし、父親である前に当主なのだ。
 家のためなら、自分の子供であっても差し出さねばならない時はある。それが、どんなに本人の意思のない行動だったとしても。
 それがこの家に生まれてきた義務だと言われたらそれまでだ。しかし、伯父はきっと本人の意思を尊重してやりたいのだろう。跡取りの筈だった私の性別を強要しなかった、父さんのように。

「……母上が、君に何をさせたいのか知っているのかい?」
「そうですね、あくまでも私の推測ですが」
「ほう。何かな、言ってごらん」

 顔を上げ、優しく見下ろすその目は笑っていない。きっと、仕事中の伯父の顔なのだろう。ここで答えを間違えれば、私のこの決意も跳ね除けられてしまう。
 そっと唇を湿らせ、伯父を見据えた。

「その前に、約束してくれますか」
「何かな?」
「私が、どんな選択をしても、……守ってくれますか」

 その言葉に、また伯父は目を見開く。
 この問いは卑怯だ。きっと伯父は守ると言ってくれるだろう。今まで──最初から、伯父はそれを約束してくれていた。それを再度確認するということは、私が“どうなっても”口出しせず私の意見を尊重し、それをサポートするということだ。

 卑怯だ。わかってる。
 でも、二人──ここの家族を守るためだ。

 真剣な表情で私を見詰めていた伯父は、「守ろう」とだけ言って頷いた。
 きっと伯父は、私が祖母の目的をちゃんと知っていることに気付いているのだろう。それに対して、どういう行動をとるのかも。

──でもきっと、それでも予想外だと思うな。

 私は気を持ち直し、祖母の目的を言い当てた。




...19/05/25





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