第一章 まずは自己紹介から

04 「神殿……ですか?」

 あれからまた一ヶ月ほど経ち、距離感を掴みかねていたガヴァルやガヴィーともちゃんと遊ぶようになり(どちらかというと保護者目線のような感じでの対応になってしまっているが)、勉強もだいぶ捗って、連日発声練習をしていたお陰か舌っ足らずな口調もだいぶマシになってきた。
 人形だから口がうまく回らないのかと思っていたが、そんなことはないらしく。マシになってきた自分の喋り方に満足を覚えるとともに、今までの口調はもしかしたら「それが欲しい」を「そりぇとって」と言っていたのかもしれないと思いちょっと凹んだ。自分ではしっかり話せてると思っていても、他人が聞くとそうでもない時ってあるよね……。

 まあそんなこんなで。
 3月第7週の3日。今日は私の誕生日だ。まあまあ覚えやすい日程なのでこの誕生日に設定してくれたのは助かった。できれば全部同じ数字の方がわかりやすかったんだけど……まあ仕方ないか。
 “私”の日本の表現に変えると、『3月第7週の3日』は大体『6月末』というところだろうか? なんとこの世界、一年が400日もあるらしいのだ。そしてひと月50日もある。ひと月大体30日の感覚でいた“私”にとって、違和感が半端ない。まあ慣れだわな。
 そんな夏の日差しが強い私の誕生日は、それはもうしっかりと祝ってくれた。お世話になっている身だし、祝わなくていいと遠慮すれば遠慮するほど、伯父と伯母は張り切ってしまい、主役のはずの私を置いてどんどん準備を進めてしまった時は遠い目になってしまった。
 自分の両親が他人を気にかけている現状に子供たちが反感を抱くかもしれない──という焦りは不要だったようで、ガヴァルとガヴィーも楽しんでいるようだった。このくらいの歳ならば、『パパとママはぼくの!』と独占欲や嫉妬心を抱くものだと思っていたのだが──どうやら二人はお互いがいれば別にいいらしい。
 準備ができるまで部屋から出てはいけないと言い渡された私は、二週間ほど軟禁状態にあったのだが──準備が整ったと、庭に出てその理由に愕然とした。

 庭に遊園地ができてる。

 いや、どうやらこの世界には余り技術は発展していないらしく、一つ一つは素朴な作りながら、それはどう見ても『遊園地』だった。

──いや、子供の誕生日に庭に遊園地作ってしまうってどんな親だよ!? しかも実子じゃねえんだぞ!? っていうか遊園地が作れる広さの庭って、改めて考えると有り得ない広さだな!? 迷子になるぞ!? って、この規模を二週間!? たったの!? 二週間っていや10日だぞ!!? どんな魔法使ったんだ!!

 脳内でツッコミが炸裂するが、喜んでくれるかとワクワクした表情でこちらの様子を伺ってくる伯父さんと伯母さんを見れば、もう何も言えなかった。
 無理です。元日本人でチキンの私には、好意であろう行動に苦言を呈すなど無理です。別に嫌ではないし、規模がおかしいだけで嬉しいのは確かだからね。
 そして私は万遍の笑みを浮かべ(られていたか自信はないが)、ガヴァルとガヴィーとともに、伯父さんや伯母さん、使用人さんたちが見守る中心ゆくまで遊び尽くした。流石にこれは楽しくて、年甲斐もなくはしゃいでしまった──年相応と言ったほうが正しいか。
 そして夜になり、お風呂に入ってから(人形なのに水はいいのか? と思ったが、特に問題はないらしく普通に入っている)部屋に戻ると、伯父さんが私を待っていた。
 珍しいなと首を傾げつつ促されたソファに座ると、伯父さんはおもむろに喋りだした。

 そして冒頭のセリフに至る。

「そう、来年の5歳の誕生日には神殿に行くことになるんだ」
「はあ……」

 神殿……神殿か。日本では馴染みがなかったが、この世界ではしっかり宗教があるらしい。無宗教だった“私”にとっては、なんだか遠いもののようだ。

「そこで神様から神託をいただいて、性別を決めることになる」
「はい!?」

 今この人なんて言った!? 性別を……決める?

「そして身体を作り替えて、それが終わったら君に本当の名前をつけるんだ。『レヴィーレ』は『紫の分家第一位の一子』だからね。名前は君のお父さんとお母さんから聞いてるから、どっちを選んでも大丈夫だよ。これから一年間、両方を学んでどっちがいいか決めるといい。どっちを選んでも私は君を大切にしよう。君の好きな方を選ぶといい」

 また詳しい話は後で話そうね。今日はゆっくりおやすみ。
 そう言って伯父さんは微笑んだ後、そっと扉を開けて部屋から出ていった。私はふらふらとベッドに行き、モゾモゾと這い上がり、布団を被る。

──……………………いやどういう事ぉ?

 疲れ切った私に思考することは難しく、そのまま泥のように眠ってしまったのだった。





 そうして4歳となった私は、日々の日課である読書の他に『教養』の勉強の予定が組まれた。
 『教養』──ここでは、性別による勉強の違いを体験することを意味する。
 ある日はドレスを華やかに着飾りお茶をして、ある日は剣を持ち外に出て、素振りや型、演習をする。本格的な教養は5歳で性別を決めてかららしいが、日本の知識がある私としては『性別でやることを別けるなんて馬鹿馬鹿しい』としか思えなかった。
 まあそんなことは言わないけども。
 “性別を決める”というワードが理解不能すぎて、本当にこの訳であってるのか不安になる。しかし、日々本を読んで勉強してきた私の語彙は格段に上がっており、間違いはないと思うのだけれど、やっぱり意味がわからない。

 男女別の勉強を日々こなしている内に、双子の誕生日がやってきた。日本で言うと秋……10月頭くらいだろうか? 双子なんだから2月25日とかだったら覚えやすかったのに、というのは内緒だ。流石に誕生日を細かく調節することは難しいだろう。……難しいよね?
 さて、プレゼントはなんと『室内温水プール』だった。ウォータースライダーみたいなものや流れるプール、はたまた波のプールなんかもあって金銭感覚が麻痺してきそうだ。え? 私の感覚が普通だよね? お金大丈夫?
 その日は私の勉強もお休みで、また朝から一日中遊び倒した。

「つぎあれ! あれ行こう!」
「まってよガヴィー!」
「走ったら危ないよ〜!」

 ばたばた走り回る双子はとても可愛い。
 くりっとした大きな瞳にサラサラ艶々の髪。ちょっと垂れた目元がまた愛らしさを表しているようで、にっこりと笑うとえくぼができる。

「いえーい! いっちば〜ん!」
「ずるい〜! ガヴィーずるした! だからぼくが一番だもん!」
「ぼくのがはやかったし!」
「あ〜はいはい二人とも一番で……」
「「ぼくが一番なの!!」」
「ぼく!」
「ぼくだよ!」
「ああ〜……」

 瞳と同色の髪が、水に濡れてつやりと光る。私の髪色よりも明るく濃厚な紫色をしたその色は、なんだか茄子みたいだなとちょっと笑ってしまった。

「ほら二人とも、波が始まるよ!」
「あっほんとだ! 行こうガヴァル!」
「うん!」

 ついさっきまで言い合いしていたのが嘘のように、二人は手を取り合ってプールに向かって走っていった。
 転ぶなよ〜! と声をかけながら、いつの間にか確立していた保護者的立ち位置に、私は苦笑をもらした。

 次の日、朝一番に私の部屋を訪ねてきた双子は「レヴィーレはどうするの?」と朝の挨拶もなしに本題に入った。

「……まずは挨拶だね、おはよう」
「「おはよう」」
「ねえねえ、どうするの?」
「男か女か決めた?」
「ん〜〜……」

 ちらりと斜め後ろに佇んでいるタリアさんを見上げると、にっこりと頷いた。……うん、そうか。まさか本当に。

──ここの世界の人間は、無性別で生まれてくるのか。

 正直信じられないが、自分だけではなく目の前の双子もそうで、大人もそれを当たり前に受け止めているから、そういう事なんだろう。ということは、私はちゃんと人間で、人形なんかではなかったのだ。──ちょっと安心した。
 いやでも神から啓示を受けて、身体を作り替えるってどういう事だ? タリアさんも子供の頃そうしたのだろうか。……うん、丁度いいから聞いてみよう。

「ねえ、タリアさん」
「はい?」
「タリアさんはなんで女にしたの?」
「性別を決める際ですか?」
「うん」

 タリアさんの年齢は知らないが、見た目とても若く見える。伯父さんや伯母さんよりは年下なんじゃないだろうか。
 身近な大人の話が聞けるとあって、ガヴァルとガヴィーもわくわくとタリアさんを見上げた。う〜ん、可愛い。気持ちは甥っ子を愛でる感覚に近い。実際は従兄弟なんだけどね。……いや、無性別だから『従兄弟』って表記はできないのか。『いとこ』って平仮名になるのかな? ……どうでもいいね、うん。

「私、子供の頃好きな人がいて」
「すき!?」
「え〜つきあってんの〜?」
「ちゅーした!? ねえねえちゅーしたの!?」
「二人とも…………」

 ああ……うん、子供ってこういうとこある……。この双子と接すると如何に自分が子供らしくないか自覚できる。

「その人は男の子でしたので、女の子を選んだんですよ」
「じゃあその人は自分より先に性別を決めてたんだね」
「ええ。二つ上の方でした」

 振られちゃいましたけど、でも女を選んでよかったと思いますと続けた彼女はとても美しかった。
 そっか〜、恋愛ね。相手の性別によって決めるって考えも有りなのか。でも年下だとわからないよな……、先に言っておくとか? 『私女の子になるので、あなた男の子になってくれませんか?』ってか? 図々しいな。
 性別の決め手になるほどと納得している私を気にせず、双子はわちゃわちゃと自由に話し始める。

「すきなんだって〜」
「ひゅーひゅー!」
「ねえねえガヴァルはすきな人いるの?」
「ガヴィーだいすき!」
「ぼくもガヴァルだいすき!」
「けっこんする?」
「けっこんしよ!」
「ちゅー!」
「ちゅー!」

 可愛いかよ。
 にこにこイチャイチャし出した双子を放置して、私はまたタリアさんを見た。

「性別を決めて、身体を作り替える……んですよね」
「ええ」
「作り替えるってどういう事ですか……? ちょっと理解できないんですけど」

 作り替えるって、粘土で出来ているわけでもないんだから。確かにこの身体はよく出来た球体人形のようだが、本当に繋ぎ目や球体関節があるわけではない。
 タリアさんは「ああ、」となんでもないように言葉を返した。

「二週間ほど仮死状態になるんです」
「は!?」
「その間に神様が作り替えてくれるので、痛みもないですよ。気付いたらもう性別のある身体になっています」

 二週間……10日間仮死状態……だと……!?
 そんなに飲まず食わずだったら本当に死ぬじゃないかと思ったが、そういえば私今も飲食してなかった。
 その後も質問を続けると、性別ができたら性器や消化器官、肛門などがある『私の知る人間』になるのだそうだ。性別のない今の状態は、『神の子』とされており、儀式が終わるまでは他人の前に余り出してはいけないそう。……だから街とかに降りた記憶がなかったし、ここに移ってからも家に篭ってばかりだったんだね。
 人間の身体を借りてこの世に生まれ落ち、性別を持って『人間』と成す──らしい。図書室からとってきた小学校高学年向けくらいの神話な本を見せながら説明してくれたが、双子は聞いていなかった。なんか勝手に積み木で遊んでやがる。
 とりあえず、私は人形ではなく、今は神の子とされているが人間らしいと確信が持てて再びほっとした。

「ありがとうございます、わかりやすかったです」
「役に立てたのならよかったです」
「お話おわったー?」
「ながいよ〜」

 ぷう、と頬を膨らませながら、双子はせっせと積み木を片付ける(元の籠に雑に投げ入れてる)と私に飛び付いてきた。それまでの動きて予想はできていたが、余り体格差がないのでよろめいてしまう。やめてほしい。

「で、レヴィーレはどうするの!?」
「ぼくはねー、女の子になろうかなぁ」
「ガヴィー女の子になるの? じゃあぼく男の子になろうかなぁ」
「あれ、同じにしないんだ?」

 今まで双子はいつでも色違いでお揃いの服を自ら好んで着ていた。今も桃色と水色のふんわりした色違いのスカートを着ている。
 てっきり、これからもお揃いコーデをするものだと思っていたし、双子の今日の色違い服をコーディネートするのも楽しみだったのだけれど。

「同じにしちゃうとけっこんできないもん」
「ねー」
「ねー」
「結婚……」

 ……この世界では兄妹でも結婚できるのだろうか?
 ちらりとタリアさんを見ると、困ったように微笑んだ。……多分駄目なんだろうな。
 同性だと結婚できないのは、私が覚えている日本でもそうだった。地方によってパートナーシップ制度みたいなものができていたらしいけど、大々的には駄目だったなぁ。私は別に同性でも結婚してもいいじゃんと思っていたけど、この世界でも駄目らしい。まあ、この世界は生まれて自我ができた後で自分の性別を決められるらしいし、性同一性障害にはならなくてすみそうだよね。そういう意味ではまだマシなのかもしれない。
 でもま、恋愛は自由だと思うけどね。好きになった人が同性だったなんて、性別を決めた後でも起こりうることだ。いずれこの世界で同性での結婚が許可される日がくるのだろうか。

「ねえねえレヴィーレはぁ?」
「うーん、そうだねぇ……」

 男女別の勉強を受けているが、正直どちらも面白くて決めかねているところだ。着飾るのも楽しいし、身体を動かすのも楽しい。

「まだ迷ってるかな」
「そっかぁ」
「でもレヴィーレがどっちになってもきっと美人さんだろうねえ」
「ガヴィーもかわいくなるよ!」
「ガヴァルはかっこよくなるね!」

 うふふと笑いあった双子は満足したのか、じゃあねー!と帰っていった。今日から二人も男女の勉強を始めるのだろう。もう既に決めているみたいだから、もしかしたら固定の勉強になるかもね。
 そして私は、今日もまた教養にとりかかるのだった。




...19/05/20





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