第一章 まずは自己紹介から

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 伯父さんの家に居候することになって20日ほど経った。私は“私”の知識と記憶を元に、この世界をちゃんと理解しようと勉強していた。
 とは言え、まだ私は3歳。両親の『遊びながらのついでの勉強』方針のお陰で、同い年よりも文字は書けるし読めるものの、いざ書こうとすればグネグネのへにゃへにゃな文字になるし、物の名前がわかってもパッと言葉が出てこなかったりで、まだまだの状況だ。
 ただ、やはり“私”のお陰か基礎は出来ている為、何度か練習すればしっかり読めるようになった。まあ、まだ絵本の段階だが。
 ここ最近の私の日課は、本を読むことだ。
 伯父さんの家の余っていた部屋を私の部屋としてくれ(流石金持ち)、以前から伯父さんの家に遊びに来ていた時にお世話になっていたタリアさんという人が私の使用人になってくれた。その自室と、図書室と、お風呂と、庭。私が自主的に行くのはそのくらいだった。
 今日も私は図書室(個人の家にも関わらず蔵書量が凄い)に行き、子供でも届く範囲の絵本を何冊か取ってタリアさんに持ってもらい(自分で持つと言ったのだが何度言っても駄目だったので諦めた)、自室に戻って本を読んでいた。

「タリアさん、これなんて読むの?」
「これは『洞窟』ですね」
「どうくつ……どうくつ……、ありがとう!」

 色鮮やかな絵と、大きめの文字でわかりやすい絵本。だいぶ読めるようになった私の読む本は、6歳児程度が読むようなストーリーがしっかりある本である。
 人気のシリーズものらしく、一冊毎に主人公たちがいろんなところを冒険する話だ。普通に面白いので、最近は専らこのシリーズの本ばかり借りていた。
 絵本はいい。知らない単語が出てきても、その単語が何を指すのかを絵で教えてくれる。例えば、『りんご』という単語を覚えても、実物の林檎とその単語が結びつかなかったら意味がない。『あれ何ーこれ何ー?』作戦も、最初はその都度答えてくれてても、何度もなると腹が立つだろう。
 そうして本を読みつつ、時々タリアさんに読んでもらったりして過ごしていると、扉がノックされた。

「やあ、レヴィーレ」
「伯父さん!」

 ドアからひょっこりと顔を出し、私を見てにっこりと笑った伯父さんは、「入ってもいいかい?」とお伺いをたててきた。こんな子供だし、自分の家だというのに、本当に伯父さんは誠実な人だ。
 どうぞと入室を促すと、いそいそと入ってきた伯父さんは私に近寄り、手元を覗き込んできた。

「もうこの本を読んでるのかい? レヴィーレは頭がいいんだね」

 “私”の知識から6歳児が読む程度の本だと認識していたが、どうやらこの世界でもこの本は3歳が読む本ではないらしい。
 偉いなぁと言いながら私の頭を撫でる伯父さんは、自分の子供への愛情と私への愛情を区別することなく平等に向けてくれている。それが本当に有難くて、ゆるりと頬が緩んだ。
 伯父さんの髪と瞳の色は神秘的な紫だ。少しウェーブがかった髪は光に透かすと桃色にも見える。柔らかな雰囲気を持つ伯父さんだが、仕事には容赦がないらしく恐れられているらしい。想像がつかない。
 そんな伯父さんの弟である父の血を受け継ぐ私も紫である。ただ、伯父さんの髪よりも色が濃厚で、どちらかと言うと黒に近い。光が当たると紫の艶が出る、そんな不思議な髪色だった。“私”の感覚からすると黒髪は身近であり、金とか赤とか、そういう髪色じゃなくて良かったとホッとしたのは言うまでもない。

「本を読むのが好きなのです」

 笑ってそう言えば、何故か伯父さんは少し寂しそうな顔をした。不思議に思ってタリアさんを見るも、同じようにちょっと悲しそうな顔をしている。
 あれ? もっと子供っぽく、外で遊んだりした方がいいのかな……。
 首を傾げていると、さっきの顔が気のせいだったかと思うくらいにパッと明るい表情になった伯父さんは、「ならレヴィーレが好きそうな本を沢山準備するよ」と笑ってくれた。

「え、でも」
「心配しないで。断られちゃうと、君のお父さんとお母さんに『子供に×××××××!』って怒られちゃうから」

 うーむ、だいぶ言葉を勉強してきたけど、やっぱり本だけの知識だと駄目だなぁ。日常会話の勉強しなきゃ。
 まあ、恐らく両親が残したお金で私が欲しいものを見繕うのだろう。本は欲しいし、有難いので頼むことにした。

「じゃあ、よろしくお願いします」
「うん、何か欲しい本はあるかい?」
「ええと、そうですね……」

 “私”が私になった時から意識して大人の話し方を聞いていたお陰で、丁寧語っぽく喋れるようになったと思う。確信はないし、まだ舌っ足らずの子供の喋り方だけれども。
 欲しい本はある。でも、それを示す単語はまだ知らない為、今できる自分の語彙を使ってそれの説明をすることにした。

「こう……文字の意味が沢山書いてある本とか、あとえっと、沢山の動物の絵と名前が書いてある本とかがいいです」

 語彙力の欠如。
 いや、辞書と図鑑って言いたかったんだよ! でもわかんないもん! 日本語で言っても通じねえし、クソ……日本語が自動変換されるようなチートないのかよ……知識があっても伝えられなきゃ意味がないじゃん……。

「うーん、××と××かな……? うん、わかったよ」

 伯父さんが呟いた単語がどうか辞書と図鑑であってほしいと願いながら、「よろしくお願いします」と頭を下げた。
 するとその後、なぜか伯父さんはソワソワとしだす。それに心当たりがない私は首を傾げると、「あの……」と躊躇いがちに伯父さんは言葉を紡いだ。

「そろそろ、ガヴァルやガヴィーと遊ばないかい……?」
「……」

 ガヴァルとガヴィー…そうだな。忘れてたわけじゃないけど。
 ガヴァルとガヴィーというのは、伯父さんの子供だ。双子で、いつも色違いの服を着ておりどちらがどっちなのか見分けがつかない。私と同い年で、両親が存命の時はよく二人と一緒に遊んでいた。
 でも、私がこの家にお世話になった時から二人と一切遊ばず、本ばかり読んでいる。
 ……いやぁ、だってさぁ。今までは同い年で普通に遊んで楽しかったけど、今はもう“私”の記憶が混ざっちゃって、3歳児の遊びを心から楽しめなくなっちゃったんだよなぁ。一応ここに来た初日に挨拶したし、二人とも遊びたそうだったけど……逃げた。逃げまくった。純粋な3歳児と対峙して、「3歳児」を演じられる自信がない。逆に大人を対応する方が気が楽だ。多少大人びた発言をしても許されるし、ボロが出てもまあ大目に見てくれる。
 ……前世の“私”は子供が苦手だったのだろうか。う~ん、暫くは自分も子供なんだから困るな……多少なりとも遊ばないといけないな……。
 私がそんなことを考えているなど一切知らない伯父さんは、慌てたように「ああごめんね」と両手を振った。

「困らせるつもりじゃなかったんだ。遊びたくなったらいつでも声をかけてね。ガヴァルもガヴィーも、レヴィーレが好きだから」
「……はい」

 なんだか勘違いさせてしまっている気がするが、とりあえず今はまだ3歳児と対峙する勇気はない。おまえも3歳児の癖になに言ってんだって感じだけど、許せ。気持ちは成人済だ。
 そうして伯父さんはじゃあまた、と手を振って部屋を後にした。

「レヴィーレ様、本の続きを読まれますか?」
「うーん……そうだね、そうしよう」

 タリアさんが微笑んで、読むのが途中になって机の上に置いていた本を差し出してくれる。勿論途中まで読んでいたページを開いてだ。優しい。すき。
 本を受け取った私は再び文字の勉強をする為に、めくるめく冒険の旅に入り込んでいった。




...19/05/18





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